第2話 兄妹の掃除人コンビ
さすがに放って置く訳にもいかず、なんとか俺の家まで連れて来た。
まださっきの悪党の集団がいるかも知れないので、その子にはまた麻袋に入って貰っている。商売道具の掃除道具を乗せたリアカーの荷台にその子を乗せてアスランデの街まで戻ってきた。数日に一回ぐらい、それらの掃除道具のメンテも仕事の内なので、怪しまれることは無い。
部屋に入れて麻袋から出してあげた。
その子はやはり12歳くらいか。俺よりだいぶ小さい。
着ているものはなにやらこてこてした作りだったが、かなり汚れている。
顔も真っ黒で声を聞かないと女の子だととても見えない。
しかもさっきから彼女のお腹から可愛く、くうくうと音がする。
ああ、お腹がすいているんだな。でもまずは清潔にしてあげないと。
俺は裏からたらいに水を汲んできて、タオルを渡し身体を洗うように言った。それと大分大きいが着替えも横に出しておいた。
俺はそんな彼女に背を向けて、食事の準備を始めた。
ほとんど何も食べていないんだろうな。ならばスープの方がいいだろう。
そのうち背後からばしゃばしゃと水の音がし出した。
その音を聞きながら俺は言った。
「汚れた服は後で洗うからそのままでいいよ。着替えを置いといたけど、俺のだからちょっとぶかぶかなのは勘弁してくれ。それと終わったら声を掛けてくれ、一緒に食事にするぞ」
「・・終わりました・・」
「よしじゃあ、晩飯にするか」と言って、後ろを振り向いた時、あまりのショックで食器を落としそうになった。
なんだこの娘は・・。
まだ髪も洗ったばかりでぼさぼさで、着ている服もだぼっとしている。
だが、・・ありえないほどの可愛さだ。
髪の色は金色に近く、流れるように腰まで伸びてる。瞳は深い青に輝いていてその目は大きく切れ長だ、鼻筋や唇は芸術家が一生をかけて作ったように美しい。小顔だか身体とのバランスも見事だ。
いまはやせ細っていて、かつ子供の体型だが、将来は間違いなくとんでもないスタイルになるだろう。
じっと俺の手元を見ているその子に気付いた。
「ああ、ごめんな、食事が先だよな。でもゆっくり食べてくれ。今までほとんど食べてなかったろう?」
といってスープ皿をその子の前に置いた。
途端にその子はがつがつと食べ始めた。が、すぐに「げほげほっ!」と。
「ほら言わんこっちゃない。誰もそのスープ取らないからゆっくり食べてくれ」と言って水の入ったコップと柔らかめのパンを渡した。
その子は手でお皿を抱え込むようにして食べ始めた。
「おかわりあるぞ」と言ったら、首をさかんに縦に振ってきたので、少しずつ追加してあげた。
やがて綺麗さっぱり食べ終えたその子は、いきなり泣き出した。
「うえ~ん、おいしかったよう・・ええん」
そうか?豆と野菜が少ししか入ってないやつだぞ。
やっと落ち着いてきたので、いろいろ聞いてみたが、やはり名前も生まれたところも何一つ分からないと言ってる。
どうやら強いショックを受けてそうなったようだ。
可哀そうに、どんな目に遭ったんだよ。
でもさすがに俺のところにいたら、何一つ分からないままだろうな。
「明日、自警団の人たちの所にいって、君を保護して貰うことにするよ。そうすれば家族とも・・」
「いや!やめて!ここに置いて!置いて下さい!なんでもします!うう、ううう」
「う~んそうは言っても、またあいつらに見つかるぞ。今後は俺も助けられないかもしれないんだぞ?」
「・・いや!いやなの!」
「でもその髪の毛だと表にも出られずにだな・・」
とそこまで行った時、その子はいきなり掃除器具置き場に走り、そこにあったハサミで自分の髪を切り落とし始めた。
な!
俺は思わず近づくと・・・、今度はそのハサミを俺に向けて差し出した。
「近寄らないで!そばに来ないで!」と。
あっけにとられて固まった俺を見ながら、その子はあの天上の芸術品ともいえる黄金の髪を切り落としてしまった。
後に残ったのは、俺と同じような短髪の子がいるだけだった。
「これでわたしだと分からないはずです!どうか!どうかこれで!」
ここまでの覚悟があったんだな・・・。
そんなに元の家族の所に帰りたくないのか。記憶喪失になってまでもそうなのか?いったい何があったんだよ・・。
「わかった、そこまでの覚悟があるのなら、ここで俺と暮らすことになるがそれでいいのか」
といった途端、そいつは輝くばかりの笑顔になった。
「仕事は俺と同じで掃除人だがそれでもいいんだな」
そいつは思い切り首を縦に振ってきた。何度も。
「・・その前にこっちこい、その頭はカッコ悪すぎる」
俺は、悲惨な事になっている髪型をなんとかみられるようにしておいた。
「よし、これでよし。明日は親方に頼んで俺と一緒に仕事が出来るか聞いて見る。だから今日はもう寝ろ」
と言ってそいつにベッドを渡し、俺は床に寝ようとした。
「・・もうひとつお願いがあるの・・今日だけ今日だけでいいの・・一緒に横に寝かして下さい・・・」
と言いながらまた涙を流し始めた。
もうこいつは・・涙か・・なんで俺の弱点を知っているんだ・・・。
「わかった今日だけだぞ」
「・・うん!」
で、一緒にベッドの横になった途端、俺にくっついてきた。
文句を言おうとしたが、俺の肩に顔を寄せて泣いてる。
そしてその声はだんだんと大きくなっていった。
ああ、もう!
俺は腕を伸ばし、そいつの肩を引き寄せ腕枕のようにした。
始めはびっくりしてたが、そのうち俺の胸でまた泣き出した。
それも大声で・・。
どのくらいそうしていただろうか。やがて隣から「すうすう」という息遣いが聞こえて来た。泣き疲れたのか。今は穏やかな顔をしている。
でも俺はさっき見てしまったのだ。
あの着ていた服。あれはドレスだ。しかもかなり仕立てのいいものだ。
そして服の裾にあった紋章。
あの紋章・・あれは王家の紋章だ。
そして、この隣に寝ている娘は・・・王女だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ケン
こいつを拾ってきて1週間。
掃除の親方に頼み込んで、一緒に働かせて貰うことにした。
ただし初心者ということで、賃金は半分。つまり俺とこいつで1.5人前だ。元気で明るく仕事も早いので、今では掃除仲間の人気者だ。
一応俺の妹と言う事にしてある。
名前はマール。
実は本当の名前は別にある。
一緒に暮らし始めて、次の日俺はマールのステータスを見てみた。
【名 前】 ライム
【年 齢】 12
【JOB】 ??
【職業レベル】 1
【一般スキル】
【特殊スキル】
【ユニークスキル】
これしか分からない。
12歳になったら誰でも神殿で「覚醒の儀」を受けることが出来る。
「覚醒の儀」とは自分のステータスが判明する儀式だ。
各種ステータスや初期JOB、またはなにか特別な力があればそれも明らかになるのだ。
だがこいつは、何も判明出来ていない。
おそらく、「覚醒の儀」を受けていないんだろうな。
受ける前に何らかの事件があったのだろう。
神殿に行けば可能だろうが、危険だ。
すぐに王家の者だとばれてしまうだろう。
だから本当の名前を隠している、髪の毛もわざと黒い炭を擦り付けて汚く見せるようにしてある。
俺とマールの仕事場は、いつもの連絡通路だ。
もうすぐ夏季ダンジョンの再創生が始まるので、この通路は特に汚される。
今は昼食時間なので、広場担当の掃除仲間たちと一緒にその広場の片隅で食事だ。やせこけていたマールはやっと普通の身体に戻ってきたようだ。
ちょっと女っぽい体型になってきたのは困りものだが。
そんな時、入り口付近でなにやら騒ぎがあったようだ。
様子を見に行った仲間が帰ってきてこう話していた。
「なんか物凄く偉い人が来てるんだってさ」
ふ~ん、もうすぐダンジョンが変わるからかな。その視察だろう。
こことはかなり離れていてよく見えないが、やたら派手な服をした人間が見えた。あいつかな?周りにいる人間が全員かしこまっているぞ。
相当上の階級にいる人間のようだな。まあ俺には関係ないが。
だがマールにはそうではなかったようだ。
遠くにいる男を見た瞬間、真っ青になり慌てて俺の後ろに隠れた。
??
記憶喪失なのにこの反応か・・・。
あいつはなんなんだろう・・
そして仕事が終わり、家に帰ってきた時聞いて見た。
「あの昼間のやつって、知っているのか?」
「ううん、知らない。でもなぜか近寄ってはいけない気がしたの」
「まあ、向こうも気づいてないようだったな。だから問題無いだろう」
「・・怖いの・・なんだかとっても・・」
と言って俺に抱き着いてきたマール。
「ねえケン兄、あたしが誰でもそばにいてくれる?」
「ああ、もちろん」
「ずっと?」
「え?あはは、お前が誰かと結婚するまでな」
「・・・・・ばか」
「え?」
「・・ううん何でもない!ごはんの支度するね!ケン兄は座って待ってて!」
寝る前にいつも自分のステータスを見ている。
【名 前】 ケンタ
【年 齢】 15
【JOB】 掃除人
【職業レベル】 5
【一般スキル】<清掃><裏・清掃>
【特殊スキル】<アイテムボックス><鑑定><ステータス操作>
【ユニークスキル】
レベルがもうすぐ6になるくらいで、そんなに代わり映えはしない。
冒険者だと魔物の討伐やクエストの達成状況で経験値が入ってレベルが上がる。だがこの掃除人というのは少し違うようだ。明確な基準は不明だが、掃除をしてれば上がっていくようだ。
ただそれが掃除の範囲なのか、仕事の効率なのか、綺麗の度合いなのかがさっぱりだ。
【一般スキル】の<裏・清掃>
う~ん、これが女神さまの言っていた「最初は苦労するかも」と言ってた事か?
「寝ないの~?ケン兄~」
マールが催促してきた。
こいつは俺が横で寝てやらないと、寝てくれない。
さすがにまだ子供なんで変な気は起きないが。それでも少しだけ胸が膨らんでいるので厄介だ。
ベッドをもう一つ買うかと言ったら、例によって泣きながら反対してきた。そんなことで泣くなよ・・。
あきらめて寝たら早速マールがくっついてきた。
「えへへ~あったか~い」
はあ・・、今日も朝まで腕枕か・・いいか、満足そうなマールの顔見ながら寝るのも・・でも朝、腕痺れているんだよなあ・・。はああ・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます