第3話 胸の痛み

 でも、悪いことは出来ませんね。

 私は胸が苦しくなって動けなくなりました。

 元々気絶するほど強くぶつけた胸は安静にしていないと治らないと思います。

 でも私は、ずっと動きっぱなしです。

 先日、服をまくって見てみたらヘソの上から乳房の下側まで真っ青になっていました。


 左胸の肋骨が時々ピコンと飛び出すので、押し込んで治しています。

 それが面白いのです。そのまま押し込んでも引っ込まなくて、胸を反らしながら押し込むと、綺麗に収まって元に戻るのです。


 走れなくなったのでまわりを見渡すと、私とさっきの子供を抱っこしたお母さんの三人が取り残されています。

 そしていま横を、子供を抱っこしたお母さんが通り過ぎようとしています。

 その顔は、涙に濡れ、鼻水も拭けずに流したままになっています。

 そんな状況なのに、通り過ぎるときぺこりと頭を下げてくれました。


 私も恐くて顔は涙でぐしゃぐしゃになり、鼻水も垂れ流しです。

 鼻水を吸い込むなんて事をしたら、どれだけ胸に激痛が走るのかと考えると出来ません。

 私はどうせ助かりません、それなら、あの子供を必死で守ろうとしているお母さんの盾になりたいと思います。

 たとえ一秒でも二秒でも、子供を必死で守っている優しいお母さんが、長く生きられるように。


 もう、後ろに勇者が近づいているのが振り返らなくてもわかります。


「死ねーー、スライムーー」


 私は、恐くて後ろを振り返ることは出来ません。

 泣きながら、ギュッと目を閉じました。


「死ぬのはお前だー」


 バシャッと私の背中に温かい液体がかかります。


「くそ勇者め、女、子供は最後だろう。あんた大丈夫か」


 私は後ろを振り返りました。

 そこには倒れた勇者しかいません。

 であれば、この人しかいません。

 透明のヒーローガド様。


「だ、大丈夫です。ガド様」


「うん、よく守ったな。常に気にしておいてやる。あんまりウロチョロされると見失うから、三人ともここを動くな。もう少しで勇者は全部退治してやる待っていろ」


「はい、うっうっううう」


 ガド様が誰でどんな人かはわかりませんが、二度も命を助けてもらいました。

 こんな極限のなか、必死で他人の為に働いています。

 私は恐怖と、うれしさと、ありがたさと、いくつもの感情に、こらえきれずに声を出して泣いてしまいました。


「じゃあな」


「ぎゃああーー」


 じゃあなの後、すぐに十メートル程先の勇者が悲鳴を上げました。

 その後も人間の悲鳴と、勇者の悲鳴がしばらく続きました。

 私と、子供を抱いたお母さんは、三人でかたまって座り込み、震えながら泣いていました。

 こっちに近づこうとする勇者は、こっちを向いた瞬間に血を吹き出し倒れていきます。

 長い時間に感じましたが、きっとそれほど時間はたっていないでしょう、あたりが静かになりました。


 そして、


「わーーーーっ」


 歓声が上がりました。

 きっとガド様が悪い勇者を全部退治してくれたのでしょう。

 その後、ガド様は「サエー、サエー」と、女の人を探しているみたいでした。

 私の初恋は失恋で終ったみたいです。

 その後、私はしばらく休んで動けるようになると、重い足を引きずる様に西を目指しました。




 そして、私は三重苦から解放される日がきました。

 道中には、いくつか避難所があります。

 ここで夜を過ごします、自分だけ何の手伝いもせずゆっくりも出来ないので、私は頼まれるまま少し重い荷物を持ち上げました。

 異変はこの時起きました。


 胸に激痛が走り動けなくなりました。

 痛みが酷くて手伝うことが出来ないことを伝え、明かりのあるところへ行って胸の状態を見てみました。

 折れた肋骨が皮膚を破って飛び出していました。


 私はいつもの様に胸を反らして押し込もうと思いましたが、それすらも酷く痛みました。

 それでも我慢して、飛び出した骨を押し込みました。

 骨が飛び出していた穴から血は出ていますが、何とか元に戻りました。

 ちょっとやばいかなと思いましたがそのままその晩は眠りました。


 翌日、気が付くと、私のまわりがザワついています。

 私はほとんど呼吸が出来ません。

 目も薄らしか開けません、体中が熱くて痛いです。

 汗が沢山でているみたいで服がべちゃべちゃで、気持ち悪いです。


「もうこの子はだめだ、向こうへ運ぼう」

「なんでこんなになるまで我慢したんだ」

「仕方ないさ、こんな状況じゃ治療も出来ないし、それがわかって我慢したんだよ。優しい、我慢強い子だよ」


 私は知らないおじさん達に担架で、少し離れたテントに運ばれました。

 テントの中には、大勢人が寝かされています。

 多くの人が、包帯でグルグル巻かれ、そこに血がにじんでいます。

 うなり声を上げている人がいますが、静かな人は生きているのか死んでいるのかわかりません。


 私は、もう駄目だと言われました。

 高熱で朦朧とする意識の中で地震の後の日々の事を考えていました。

 でも、これで地震により崩れ落ちた不安ばかりの世界、勇者に追われる恐怖、ケガの痛みから解放されることを感じました。


「うふふふ、喉がすごく渇いちゃったな」






 リエという少女はこの言葉を最後に、誰にも気付かれることも無く息を引き取りました。

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勇者が街にやってきた SS 覧都 @runmiyako

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