第2話 逃げる

「そうかよかった、生きているんだな。必ず戻ってくるから、もう少し待ってくれ。勇者を全部退治してくる」


私は姿を見ることは出来ませんでしたが、見つけては貰えたみたいです。


じっと、助けを待っていると、次々不安が襲ってきます。

助けると言ってくれた人が、勇者に返り討ちにあって、死んでしまったのでは無いかとか。

勇者がまた来て、発見されて殺されてしまうのでは無いかとか。

見捨てられたのでは無いかとか。

悪いことしか考えられません。


すでにあたりは暗くなっています。

暗くなればなるほど心細くなります。


「おーい、あれー、このあたりだと思ったんだけどなー」


来てくれた。

私は飛び上がりたいくらい嬉しかった。

涙が出て来ました。

でも声が出せません、出なくなっています。


「おーい、死んじまったのかな。おーい」


どうしようはやくしないと、見つけてもらええずに行ってしまう。


「おかしいなー、こう暗くちゃ探せないしなー」


いやだ、いやだ、助けてー。

いかないでー。

いっちゃやだーー。


だめだ、そんなことを心の中で思うだけじゃ伝わらない。

落ち着いて考えるんだ。


コツン


「おっ、こっちか、お前、声が出せないのか」


私は、近くのコンクリートの破片を手に取り、私の胸の下のコンクリートにぶつけたのです。

あせってこんなことすら思いつかなかったのです。


「お前、動くことも出来ないのか」


私は、大粒の涙をぽろぽろ流しながらうなずきました。


「……」


声の主は、暗い為か全く見えません、でも私の背中に手をあて、膝の下を支えて持ち上げてくださいました。

その時、お茶のペットボトルがポロンと落ちました。


「おまえ、喉は渇いていないか?」


そう言うと用水路の外の平らなところに寝かせて、お茶を飲ませてくれました。


「あ、ありがとうございます」


喉が潤うと、小さな声なら出す事が出来ました。


「あの、父と母が……」


「この近くか?」


「はい、すぐそこです」


私が指をさすと。


「言いにくいが、このあたりに生きている人間は、あんたしかいない」


「そうですか、だいたいわかっていました。うっううう」


泣いてもしょうが無いけど涙が止りません。

男の人は何も言わず、ずっとそばにいてくれました。

優しい人です。


「もう大丈夫です」


「うん、少し先の避難所に連れて行ってやる。しっかりつかまっていろ」


私を抱き上げるとすごいスピードで移動します。

自動車くらいの速さです。

それなのに私を揺らさないように気を付けてくれているのか、余り揺れません。

驚いたことに、私を助けてくれたのは透明な人でした。

そして、抱き上げられている私の姿まで消えています。


「あの、私はリエといいます。高校一年生です。お名前を伺ってもよろしいですか」


「おれはガドだ」


その後は何も話す事も出来ず、ずいぶん遠くまで運んでもらいました。


「あの、ありがとうございます」


「ああ、じゃあな」




数日後


遅れて避難所にきた人達は、地震の中心地に近いところから逃げてきた人で、色々な情報を持っていました。

地震の中心地には空間に亀裂が出来ていて、次々異世界の勇者が出て来ていると言うことも、この人達から聞いてはじめて知りました。

そして、透明のヒーローガドの話しもよく話されていました。

ガドさんは、勇者とただ一人戦い、私のように逃げ遅れた人を大勢救っている事がわかりました。

私だけが特別じゃ無いのはちょっと残念です。


私はまだ胸に痛みがあったのですが、勇者が恐いのと地震の被害は、東京から離れれば離れるほど少ないということで、この地から逃げ出すことにしました。


移動は大勢の人がゾロゾロ集まって歩いているので、その中に混ざって私も歩きます。

ほんの数キロ歩いたら、自衛隊がバリケードを作って、対勇者用の陣を築いていました。

そこには驚くほど多くの人が集まっていました。


「安心して下さい、食料も飲み物も十分あります」


私は心から安心できました。

その夜はぐっすり眠ることが出来ました。

地震に遭い、勇者に殺される人を見てからはこんなに安心したことはありませんでした。


翌日、奴らが来ました。

私も興味があって崩れかけたビルにのぼって、少し高いところから勇者を見降ろしました。

勇者は隊列を組み歩いてきます。

向こうもこちらを警戒しているのか、正方形に整列して一歩一歩慌てずゆっくり進んできます。

誰もが自衛隊が勝つと信じています。

だから皆の顔には、これから始まる戦いに笑顔がこぼれていました。



ドオオオーーン


勇者の部隊が煙に巻かれます。

その煙が薄くなると、勇者の姿が見えてきます。

どうやら、全く被害を受けていないようです。

今度は勇者の顔が狂気の笑顔に変わりました。


「皆さん、逃げて下さい」


震える声があたりに響きました。

私は全身に鳥肌が立つのを感じました。

その後、総攻撃が始まりましたが、私はそれを見ることも無く必死で逃げました。

ガチャガチャという金属音が恐ろしい勢いで近づいてきます。

攻撃が無力だとわかった勇者が、走り出したようです。


「ぎゃーーーあああ」


銃声と共に悲鳴が上がりました。

重そうな鎧を着ているのに、勇者の走るスピードは恐ろしく速いみたいです。


タターーン


この銃声を最後に銃声が鳴り止み、聞こえてくるのは悲鳴だけになりました。


「逃げなくては、逃げなくては」


震える唇で呪文のようにつぶやきました。

鼓動が速くなり、手足が震えてうまく走れません。


「ぎゃあーーはっはっはっはー、スライムは弱いぜーー、いくらでも殺せる。これでまたレベルアップだー」


すぐ近くで勇者の声が聞こえます。

後ろを振り返る余裕も、同じように逃げ惑う人達に気遣いをする余裕もありません。

すぐ前を、小さな子供を抱きかかえながら逃げる女性を、私は追い抜いてしまいました。

(どうすることも出来ません、ごめんなさい、ごめんなさい)

私は、心の中で何度も何度も謝りました。

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