勇者が街にやってきた SS

覧都

第1話 大地震

 気が付いた時には、天井が落ち床とベッドの隙間に倒れていました。

 崩れ落ちた部屋の隙間をはって、壊れた壁から外に出た時にはもう夕方でした。

 外から見た私の家は、二階建ての家がつぶれて瓦礫になっていました。


「お母さーん、お父さーん」


 家にいるはずの父と母を、瓦礫と化した家に向かって呼びかけました。

 何度も何度も呼びかけました。

 返事は返ってきません。

 声がかれて、涙が出て来ます。


 私は強い喉の渇きに襲われました。


 近所に自販機があったのを思い出して、そこを目指して歩き出します。

 落ち着いて、家のまわりを見回すと、近所の家が全て瓦礫になっていました。

 小高い丘の上に自慢そうに立っているはずの、高層マンションが跡形も無くなっています。


「どれだけ、すごい地震が起きたのかしら」


 私は力なくつぶやいていました。

 自販機はいつもの場所から少し離れた所で、扉が開いた状態で倒れています。

 私は、その自販機からお茶と、スポーツドリンクを取り出し家に帰りました。


 少しずつ空が暗くなると、もう恐怖しかありません。

 いつもなら、どこかに明かりがあります。

 その人工的な明かりが一つもありません。

 そして、虫の声だけがすごく大きな声で聞こえます。

 その代わりに消防車の音も、救急車の音も人の話し声もなにも聞こえません。


「だれかーー、いませんかーー」


 私は、たまらず声を出しましたが返事はありません。

 私はだれか生きている人がいないか、探す為住宅地から県道に出ようと、とぼとぼと歩き出しました。

 でも、真っ暗な時には慣れた道路でも歩くものではありません。

 私は普段暗渠になっている用水路の、蓋がなくなっているところに落ちてしまいました。


 用水路も地震の為にガタガタになっていて、私は斜めに飛び出しているコンクリートに、胸を強く打ち付け気を失ってしまいました。




 私が気付いたのは、太陽がずいぶん高くなってからでした。

 目の前の県道の三百メートル程先にある国道から、ザワザワ人の声が聞こえてきます。

 私が体を動かそうとしたら、胸に激痛が走ります。


「くっ」


 痛みをこらえて、手でコンクリートの固まりを押して、体の向きを変えて何とか用水の外の様子を、見ようとしましたが出来ませんでした。

 助けを呼ぼうと思いましたが、息を大きく吸う事が出来ません。


「ぎゃーー」

「うぎゃーーー」

「やめろー、やめてくれーー」


 私が、必死で耳をすましていると、国道の方から悲鳴が聞こえます。

 私は、外の様子が全くわかりません、恐ろしくて耳をおおいました。

 どう聞いても、悲鳴は人間の断末魔の声です。

 何が起っているのでしょう。


「こっちだー、にげるぞーー」


 その声は、私のいる用水の真横の県道から聞こえます。

 かなりの人の足音が聞こえます。

 そして、私の位置からでも見える瓦礫の山の隙間へ、人が入り込みました。

 あんな所、危険なのにどうして、入って行くのでしょうか。

 しばらくすると、悲鳴は少なくなり静かになりました。


 ガチャン、ガチャン


 金属の音が聞こえます。


「スライムはあの瓦礫の中だ!」


 その声と共に、さっき瓦礫の中に入った人のところに金属音が進んで行くのを感じました。

 瓦礫に登り始めると私にもその姿がみえました。

 その姿は、赤くキラキラ光る鎧でした。


 それはまるで、ロールプレイングゲームの勇者の姿のようでした。

 赤い鎧の勇者は、大きな瓦礫の固まりをこともなげに持ち上げ遠くへ投げ飛ばします。

 恐ろしい怪力です。

 そして中に隠れている人が引きずり出されました。


「ぎゃあーーああ」


 勇者が引きずり出した人の胸に剣を突き刺しました。


「こっちにもいるぞーー」


「ぎゃーー!!」


 私のまわりで次々断末魔の声が聞こえます。

 私は、恐怖で全身が震え出しました。


 勇者達は、どうやって探しているのか次々隠れている人を探し出し殺しているようです。

 でも、なぜか私には気が付きません。

 かなり近くを何度も歩きましたが、私には気が付きませんでした。


「よーし、スライムは全部狩り尽くした。先に進むぞ-」


 どうやら勇者達は、私達人間をスライムと言っているようです。


「ぐあああーーー」

「ぎゃーー」


 また、悲鳴が聞こえ出しました。


「どうしたー」

「何があったー」


「ぎゃーーー」

「うぎゃあ」


「くそう、何なんだ!」

「何が起きている」


「ぎゃーー」


 勇者達に異変が起きているようです。

 勇者達にも何が起きているのかわからないようですが、私の方がもっと、何が起きているのかわかりません。


 恐い、恐い。


 誰か助けてー。私は心の中だけで何度も何度も叫びました。


「ぎゃあーー」


 グチャッ


 私のすぐ横に勇者の死体が落ちてきました。


「ひっ、いずっ」


 私は思わず悲鳴が出ました。

 本当は、大きな声で叫びそうになりましたが、声が出そうになったら胸が痛くて、悲鳴が引っ込んでしまいました。


「んーー、誰かいるのかー、生きているのかー、俺は人間だー」


 私に気が付いてくれたのでしょうか。

 でも、姿が見えません。

 私は、自由に動く右手を大きく振ってみました。

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