第6話 ゆるキャラと妖精の里

 日の出と共に目を覚ます。


 同時に起きた妖精が俺の髭を引っ張り朝食を要求してきたので、念じてアイテム一覧を表示させる。

 その中から〈コラン君饅頭(八個入り)〉と〈ハスカップジュース(三百五十ミリ缶)〉を口から吐き出す。

 包装を剥がすと〈コラン君〉の顔の焼き印が捺された饅頭が出てきて、妖精に手渡してやると勢いよくかぶりついた。


 この饅頭はオーソドックスなつぶあん味である。

 ハスカップ羊羹とはまた違ったダイレクトな甘さに妖精が舌鼓を打つ。

 甘党妖精は朝からすごい勢いで自分の頭より大きい饅頭を喰らいつくしていく。

 見た目はゆるキャラ生物キメラだが、中身は三十歳のおっさんとしては見ているだけで胸焼けがしてくる。


 俺は昨日と同じ煎餅でいいや……。


 甘未を貪る妖精を見ていて、ふと姪っ子のことを思い出した。

 そういえば姪っ子も小さい頃から甘いものが大好きで、会うたびに沢山お菓子を与えては兄貴に怒られたな。

 暫く会っていないがもう中学生のはずだから、サイズは違うがこの妖精くらいの見た目くらいに成長しているのだろう。


 スタイルを大人のお友達のフィギュア並の妖精と比べるのは酷だが、顔は兄貴の奥さんに似て美人に育っているに違いない。

 娘は父親に似るとよく言うが似なくて良かった、まじで。


 しみじみともう会えない親族のことを考えながら、エゾモモンガの前歯で煎餅をちびちび齧っていると、八個すべての饅頭を食べ終えた妖精がハスカップジュースに手を付ける。

 全長三十センチの体のどこにそんな力があるのか、妖精は三百五十ミリ缶を両手に抱えると、傾けて豪快に飲む。


 ビジュアル的には酒樽を抱えて直接飲んでいる感じだ。

 そして一度も息継ぎすることなくハスカップジュースを飲み干してしまった。

 ぷはあと口元を腕で豪快にぬぐう。

 だから物理的にどこに消えてしまったのかと問い詰めたい。


 さて、これからどうしたものかと考え込んでいると、妖精が俺の耳を引っ張りながらとある方向を指差す。

 どうやらどこかに連れて行きたいらしい。

 もしくは自分が行きたいから護衛しろ、かもしれないが。


 どちらにせよ行く当てもないし付き合ってやるとしよう。

 話し相手 (会話できてないけど)が居なくなるのも寂しいし……。


 というわけで一泊したハスカップもどきの群生地に別れを告げて、妖精の案内で森を進む。

 人間が歩く速度と同じくらいでふわふわと飛ぶ妖精を追いかける。


 周囲を警戒しつつ前を飛ぶ妖精を観察していると、背中に生えている蝶の羽を使って飛んでいるはずだが羽ばたく回数が少ないことに気が付く。

 つまり羽ばたき以外の力によって浮いていることになる。

 これだからファンタジーはと言いたくなったが、大量の甘味がいずこかに消えるほうがファンタジーか。


 ちなみに頭上を飛ぶ妖精のミニスカートの中は見放題だがドロワーズ仕様だ、残念だったな。


 などとくだらないことを考えている間も警戒は怠らない。

 エゾモモンガの聴覚、嗅覚、オジロワシの視覚をフル動員しているが、小動物を見かけるくらいで昨日の狼のような脅威になる生物には出くわしていない。


 鼠っぽいのや鹿っぽいの、でかい昆虫っぽいのと色々いるが、地球上の生物とは造形が異なる。

 そこら中に生えている植物も見たことがないものばかりで、それぞれが何かしらのファンタジー要素も持っていそうだ。

 気付かなかったが狼も普通の狼ではなかったのかもしれない。


 体感で二時間は歩いただろうか、突然前方二メートル先を飛んでいた妖精が消えた。


「!?」


 慌てて周囲を探るが何の気配も察知できず、敵襲なのかすら判断が付かない。


 何もできず呆然としていると、何もない空間から妖精の顔がにゅっと現れた。

 そして身を乗り出すようにして上半身も現れると、こっちに来いよと手招きをしている。


「……ったく、そういうのは先に言えよな」


 照れ隠しに愚痴りながら前進すると、妖精が消えた地点を通過した途端、森一色だった視界が一変する。


 森の中には違いないが、木々の間の至る所に小さな家が建っている。

 いわゆるツリーハウスというやつだが大きさは普通の家の半分以下で、俺のまあるいボディでは扉をくぐれないだろう。

 デザインもお菓子の家のようにカラフルでメルヘン全開だ。


 そして木々や家の周囲を、沢山の妖精たちが飛び回っていた。

 彼らは俺と帰還した妖精を発見すると、わっと群がってきた。

 耳やら髭やら尻尾やらを引っ張られもみくちゃにされる。


 地球の小学生と同じ反応だなぁと、着ぐるみバイトの時のことを思い出していると、エゾモモンガの嗅覚が香りの強い花の匂いを感じ取った。

 すると群がっていた妖精たちが、蜘蛛の子を散らすように俺の体から離れていく。


 開けた視界に現れたのは大きい妖精だ。

 大きいと言っても大人の人間くらいの女性で、妙齢の糸目美人だった。

 やはり背中からは美しい蝶々の羽を生やし、舞踏会で見るような豪奢なドレスを着ている。

 唇には真っ赤なルージュが引かれ蠱惑的で、きらきらと輝く長い金髪は縦にロールしていた。

 回転させれば採掘もできそうだ。


(よくぞフィンを助け、妖精の里アルヴヘイムまで導いてくれました。人種の子よ)


 こいつ直接脳内に!


 突然脳内に響いた大人の女性の声に驚き喜び、骨なしチキンでも注文しようかと悩んでいると、その妖精は糸目を見開き驚愕の表情を浮かべて俺を見つめていた。


(え……貴方は人種の子……ですか?)


 そこに疑問を持たれると本気でへこむのでやめてくれないかな!

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