第5話 ゆるキャラとお菓子
「ところでどうやって出すんだ?」
一覧に表示されている画像は全て持っていると思われるが、出し方が分からない。
ゲームっぽさ全開のアイテム一覧を眺めつつ唸る。
妖精はこの画面に反応していないので、俺の網膜にしか映っていないようだ。
「ゲームっぽいってことは、カーソルでもあれば……もががっ」
そう思考した瞬間、画面内にカーソルが現れて〈コラン君ぬいぐるみ(小)〉が選択されてしまう。
すると口の中に突然何かが発生し、思わずぺっと吐き出してしまう。
現れたのは、〈コラン君ぬいぐるみ(小)〉だ。
突然出現した俺の分身に妖精は驚き警戒していたが、ぬいぐるみだと分かると嬉しそうに抱きしめた。
ぬいぐるみの大きさは妖精の半分くらいなので、抱き枕に丁度良さそうだ。
口から出てきた割りに涎とかは付いていない。
どういう仕組みなのだろうか、我ながら分からん。
取り出しも脳内コントロールだと分かったので、実験で違うものを出してみる。
選んだはのは〈ハスカップ羊羹(一本)〉だ。
再び口の中に発生した異物をぺいと吐き出すと羊羹が出てきた……商品パッケージのままで。
製造日は俺が地球で死んだ日の前日になっていた。
アイテム一覧からぬいぐるみも羊羹も消えていないので、調達経路、保存状態、在庫数など検証が必要だがまずは腹ごしらえだ。
〈コラン君〉がデザインされた包装を破いて羊羹を齧ると、濃厚な甘さと僅かな酸味が口の中を支配する。
「あっま」
野生の酸っぱいハスカップもどきを食べた後だからか余計に甘く感じた。
空腹なのにお菓子を出してどうする。
妖精が物欲しそうに羊羹を見ているので、残り三分の二をすべて渡してみた。
羊羹に鼻を近づけて匂いを嗅いだ後、思いっきりかぶりつき二口噛んだところで妖精は俯き震えだす。
「~~~~~~~!」
口に合わなかったかと不安になっていると、謎の言語で叫ぶと一心不乱に羊羹を貪り始めた。
どうやら美味すぎたようだ。
ハスカップもどきの時よりとろけた顔をしている。
あえて何かとは言わないが、ご当地の素材を前面に出した商品はB級グルメ感が出て味が二の次になりがちだ。
だがハスカップ系の甘いお菓子は悪くないと俺は思っている。
ハスカップの酸味がお菓子の甘さを引き立たせるのだ。
胡蘭市の特産品は他にもあるので、もっと主食になりえるものを取り出そう。
次にぺぺっと吐き出したのは、〈ジンギスカン煎餅(十枚入り)〉である。
……もっとダイレクトな肉とか米や麺類が欲しいが、所詮はグッズショップの品揃えだな。
煎餅をばりぼりと食べながらこの能力について検証してみる。
改めて設定を思い出してみよう。
【ほおぶくろ:4じげんくうかんになっていて、なんでもしまっておけるよ。まちのとくさんひんもたくさんはいっているんだ】
なんでもしまっておける、とのことなので羊羹と煎餅の包装ゴミをしまってみる。
地面のゴミを見つめて念じてみたが何も起きない。
今度はゴミを口に含んで改めて念じると、口内のゴミが消えた。
そして視界にウィンドウが現れ、吸い込んだゴミの画像が表示されている。
再度念じることでゴミを吐き出すことにも成功した。
ふむ、異世界チート能力ではおなじみのアイテムボックスとして活用できそうだ。
涎がついたりはしないが取り出しが口内経由だったり、一覧表示が画像だったりと癖が強いが、ないよりは遥かにましだ。
〈コラン君ぬいぐるみ(小)〉もしまっておく。
「まじか、全部食ったのか」
いつのまにか妖精がハスカップ羊羹を全部食べていた。
満足そうに地面に座り込んで腹を撫でている。
全長三十センチの妖精に対して羊羹は長さが十センチ、厚みが二センチくらいはあったはずだ。
どう考えても物理的に胃に収まらない気がするが、食ったアピールで撫でている腹も出っ張っているわけでもないし気にしたら負けか。
日が暮れてきたので、異世界転生初日はこのハスカップもどきの群生地で野宿となった。
「ここをキャンプ地とする!」
「……?」
妖精が何言ってんだこいつという顔をしている。
いいんだ、言いたかっただけだから……無理にでもテンションを上げないと辛いんだ。
青みががかった黒色の実がなる低木の間に丸いボディを沈める。
夜空には満天の星空が輝いていた。
元々星座に詳しくないので分からないが、きっと知らない星ばかりなのだだろう。
低木の間を夜風が吹いたが、白と灰褐色の毛皮に覆われた俺の体はちっとも寒くない、至って快適だ。
果たして俺は人間なのだろうか、これからどうなるのだろうか。
日中は色々と忙しくてあまり余計なことを考える暇はなかったが、改めて自身に起きた理不尽な出来事を思い返すと、漠然とした不安感に襲われる。
なかなか寝付けないでいると、光る鱗粉のようなものが視界に入った。
ふらふらとそこら辺を飛び回っていた妖精のものだ。
蛍のように羽を淡く発光させながら、仰向けに寝る俺の白い腹に着陸した。
眠たそうに目をこすると俺の腹に寝転がり、首に巻いてある赤いマフラーを引っ張り掛布団の様に自分に被せる。
そして三秒もしないうちに寝息を立て始めた。
整った女の子の顔をしているのに口が半開きで非常に残念だ。
「……俺も寝るか」
小さく呟いたが妖精は既に爆睡していて目を覚ます気配はない。
自由気ままな妖精の姿に毒気を抜かれたのか、先程までの不安感が嘘のように俺はすぐに眠りに落ちた。
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