第4話 ゆるキャラと妖精の少女
樹上を見上げると妖精の女の子は狼のほうを見てあんぐりと、顎が外れそうなくらい口を開けて驚いていた。
そしてぎぎぎと、錆び付いた扉を動かすかのようにぎこちなくこちらを見た。
「よ、よう」
出来るだけフレンドリーに、右手を顔の横に上げておっさんの声で優しく挨拶する。
口を開けたまま、数秒間呆然と俺を見つめていた妖精だったが……にぱあと笑顔を咲かせた。
そして嬉しそうに俺の周りを飛び回る。
狼を瞬殺してしまったので怯えて逃げられるかと思ったが、敵ではないと思ってくれたようだ。
〈コラン君〉のラブリーな外見とフレンドリーな対応が功を奏したに違いない。
「ーーーーー」
「え、なんて?」
おそらく感謝の言葉なのだろう。
妖精がぺこりと頭を下げて何か喋ったが意味は分からない。
残念ながら〈コラン君〉の設定に語学堪能は無かった。
聞いたことの無い言語だが俺に学が無いから気付かないだけで、実はスペイン語とかだったりするのかもしれないが。
妖精は言葉が通じなくても大して気にしていないようで、好奇心旺盛に俺の耳や髭を引っ張っている。
妖精の見た目は緑の髪をボブカットにした中学生くらいの女の子で、背中には鮮やかな蝶々の羽が生えていた。
全長は三十センチくらいで、妖精っぽいフリルの付いたアイドルのステージ衣装のようなものを着ている。
童顔なのにスタイルが良いため、大きなお友達のフィギュア感がすごい。
「一人なのか?仲間はいないのか?」
日本語で話しかけるが妖精は可愛く首を傾げるだけだった。
どうしようかと困っていると、不意に俺の腹がぐうと鳴る。
転生時に胃の中身も空になっているのか腹が減った。
ちらりと先程倒した狼に目をやる……火も起こせる気がしないし、あれを生で食う勇気はまだない。
餓死寸前になったら覚悟を決めるかもしれないが。
妖精は俺の腹の音を聞いてポンと手を叩くと、ついてこいといった感じで飛び立つ。
黙って見上げているとしびれを切らして俺の耳を引っ張る。
「わかった、わかったって」
光の粒子のような鱗粉を撒き散らしなが飛ぶ妖精の後を追いかける。
狼の死体は運ぶ手段も無かったので放置である。
五分ほど移動すると低木が沢山生えている場所に出た。
低木には青みががかった黒色の実がいくつもなっていて、妖精がそのうちの一つをもいで俺に差し出す。
「食えるのか?」
食えるぞ、と言わんばかりに妖精が大きく頷いた。
「すっぺぇ」
受け取って口に放り込むと、梅干しのように酸っぱさが炸裂する。
エゾモモンガの口を窄めて震えていると、後味に僅かな甘さを感じた。
妖精も空腹だったのか、自分用の木の実をもぎって食べ始めた。
反応は俺と同じで酸っぱさに身もだえていたが、後味の甘味に到達すると頬に手を当てて幸せそうにしている。
妖精ならもっと甘いものを食べていそうだが、これが普通の食事なのだろうか。
それとも最寄りのお食事処がたまたまここだったのか。
「見た目は完全にブルーベリーかハスカップだな」
ハスカップとは北海道に自生する植物で、ブルーベリーに似ている。
胡蘭市の特産品でもあり、様々な食品に加工されて売られていた。
「野生の果実は品種改良されてないから総じて酸っぱいんだよな。そういえば〈コラン君〉の好物もハスカップだったな……あっ」
一人で喋っていて、〈コラン君〉の特徴の一つを思い出した。
食糧事情解決の糸口になるかもしれないが、果たしてチート能力として機能しているかどうか。
どうやって出せばいいのか分からず、俺は自分の膨らんだ頬袋を両手でこねくり回す。
妖精が何してんだ?といった感じで、ハスカップもどきを食べながらこちらの様子を伺っている。
「何も起きない……四次元って言うくらいだから、物理的干渉じゃなくイメージするとかか?」
と考えた途端、目の前にゲームのアイテム一覧のようなウィンドウ画面が表示されて驚いた。
一覧に羅列されているのは、胡蘭市の特産品である〈商品〉の画像であった。
「これ、全部〈コラン君〉公式ショップで売っているやつだな」
特産品の他に〈コラン君〉グッズも網羅されていた。
何故分かったかと言えば、市の臨時職員として働いていた俺は着ぐるみでの活動以外にもショップで売り子もしていたからである。
【ほおぶくろ:4じげんくうかんになっていて、なんでもしまっておけるよ。まちのとくさんひんもたくさんはいっているんだ】
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