第3話 ゆるキャラと初めての戦闘
「あれは人間……ではないな」
人の声に惹かれて木の陰から様子を伺う俺の視線の先では、ひらひらと舞う何かが森の中を飛んで逃げていた。
端的にそれを説明するなら妖精だ。
小さな人の背中に綺麗な蝶の羽が付いている。
きらきらと輝く鱗粉のようなものを散らせながら、森の中を何かから逃げるように飛んでいた。
その妖精を追いかけているのは一匹の獣、狼だ。
灰色の毛並みで体格は大人の人間の腰くらいまである。
鋭い牙の並んだ顎の端から涎を垂らしながら、足場の悪い森の中を結構な速さで疾走していた。
これでこのアトルランという異世界は、いわゆる剣と魔法のファンタジーものなのだろうと推察できた。
今後ビームが出る銃が登場する可能もゼロではないが、そんなちゃんぽんな世界観は嫌だな。
さて、普通に考えればか弱い妖精さんを悪い狼が追いかけている構図だが、果たしてそうだろうか。
実は悪い妖精で狼に悪戯をして追いかけられているのかもしれない。
もう少し様子を見るか……。
俺は妖精と狼の追跡を始める。
先程水源を探しに森に入った際に判明したのだが、俺の身体能力も〈コラン君〉由来のエゾモモンガとオジロワシと同等かそれ以上の性能を秘めていた。
エゾモモンガのように身のこなしは軽やかで素早く、飛膜で滑空もできるし、オジロワシのように羽を使って一瞬空を飛べたりもした。
そう、あくまで性能は〈コラン君〉ベースであり飛行は得意ではなかったのだ。
〈コラン君〉の公式ホームページのプロフィールには確かこう書いてあった。
【つばさ:オジロワシのつばさでそらをとべるよ。でもからだがおもいからすこしのあいだだけなんだ】
どうせなら空を自由に飛びたかったものだ。
空は自由に飛べなくとも、妖精と狼の追跡は可能だ。
樹木の間を猿の様に(エゾモモンガだけど)するすると音を立てることなく伝いながら追いかける。
今は風下なので狼の獣臭さで方向も分かるし、〈コラン君〉のつぶらな瞳はオジロワシと同様に千メートル先の獲物も見逃さない。
これだけの能力があれば見失う方が難しい。
暫く追跡していると疲労からか妖精の飛ぶ速度が次第に遅くなり、遂にはよろよろと近くの木の枝にもたれかかってしまった。
すぐに狼が追い付いたが妖精は高い位置の枝に掴まっているため、木の下で唸りながら見上げている。
さて、妖精を助けようか見捨てようか、どうしたものか。
そもそも俺が狼に勝てるのか、殺生する度胸があるのかという話だが、そこはあまり心配していない。
〈コラン君〉の中にあるオジロワシの本能があの狼は得物だと、自身が食物連鎖のより上位にいると訴えてきていた。
獲物に怯える捕食者などいない道理というわけだ。
ただ先ほど考察した通り妖精が悪で狼が善な可能性もある。
妖精の、おそらく女の子は目の端に涙を浮かべて恐怖に震えていた。
いや、あれで悪はないかな……。
などと見た目に騙され始めた俺が逡巡していると、木の下で唸っていた狼が鼻を鳴らすと急に振り返る。
そして近くの木の陰に隠れていた俺の姿を発見した。
しまった、いつの間にか俺のいる側が風上になっていたようだ。
折角優れた能力を持っていても、使いこなせなければ意味がないのに。
こうなってしまったからには仕方がない。
俺は怖がる妖精さんを刺激しないようにゆっくりと木の陰から前に出る。
正体不明の生物キメラではあるが、見た目は狼よりは可愛いはずだし大丈夫だろう。
ずんぐりむっくりのフォルムをさらけ出す。
狼はそんなラブリーな俺の存在を脅威と感じたようで、唸り声を上げなら警戒している。
なんならそのまま周れ右して逃げてくれてもいいのだが、そう都合良くはならなかった。
果敢にも狼は俺に飛びかかってくる。
こいつの本能では俺に勝てると思ったのだろうか、それとも強敵と認識し窮鼠猫を噛むような一か八かの攻撃だったのだろうか。
勝負は瞬く間に決着が付いた。
狼が飛び上がり俺の喉笛(……は体形的にほとんど無いのでその付近)を狙ってくるが、牙が届く直前に黄色い鳥の足を蹴り上げた。
ごう、という風を切る音と共に、足に生えた鋭い爪が狼の胴体を捉える。
胸元を切り裂かれ、等間隔にできた三本の切り口から血を流しつつ狼が吹っ飛んでいく。
蹴り上げた俺は勢いを殺さずに宙返りしてから着地した。
決まった、サマーソルトキックが。
対空はばっちりだ。
狼は地面に落ちる前に絶命したようで、四肢を弛緩させたままぼとりと落ちた。
我ながら恐ろしい威力だが、これもチート能力の一つなのだろう。
〈コラン君〉の公式プロフィールを思い出す。
【あし:こくようせきのようにかがやくあしのつめは、どんなものでもきりさくよ】
地方都市のご当地キャラに必要な設定だろうか?とは思うが、おかげで助かっているので気にしないことにする。
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