第7話 ゆるキャラと妖精女王

(おっほん、失礼しました。まずは会話できるようにしましょうか)


 心の声なのに咳払いをして、大きい妖精はいつの間にか持っている杖を振りかざす。

 すると妖精が飛ぶときに撒き散らしている、光る鱗粉のようなものが俺の体に降り注いだ。


「これで話ができますよ」

「おお、言葉が分かる……え、日本語?」

「これは《意思伝達》という魔術によって、お互いが理解できる言語に変換しているのです」


 つまり自動で映画の吹き替えみたいになっている感じか。

 よく見れば大きい妖精の口の動きと音声が合っていなかったのでそう判断する。


「私はリージスの樹海、妖精の里アルヴヘイムを統べるものフレイヤ。同胞のフィンを助けて頂きありがとうございます。改めて礼をさせてください」


 大きな妖精ことフレイヤがスカートの裾を掴んで恭しく一礼した。

 ふむ、助けた緑の髪の妖精の名はフィンというらしい。


「やっと話せるようになったね!ねぇあの四角くて黒くて甘い食べ物はなに?あんなに甘いもの食べた事ないよ。もっと食べたいな。あ~丸くて君の顔が付いたやつと黒いジュースもだよ!ところで君の名前はなんていうの?」


 俺の横でふわふわと浮いていたフィンがマシンガントークを繰り出す。


「俺の名前は益子藤治だ」


 〈コラン君〉を名乗るつもりは無い。


「マスコトージ?」

「益子が姓で藤治が名だ」

「わかったトージだね。それじゃぁ早速黒くて四角いやつを……」

「だめよフィン。先にトウジさんに言う事があるんじゃないの?」


 微笑みの中に圧を感じさせるフレイヤにたしなめられ、フィンがびくりと肩を震わせた。

 完全に先生に叱られた小学生だ。


「助けてくれてありがとう。トージ」


 ぺこりとフィンが俺に頭を下げる。


「なんで狼に教われてたんだ?」

「ルヴェリの実を食べに出かけたんだけど、もっと甘いのがないか探してたの」


 フィンの話をまとめるとこうだ。

 妖精たちは里の内部や近隣で採れる木の実や果物、花の蜜を主食としていた。

 しかし他の妖精より好奇心旺盛で食い意地の張っていたフィンは、新たな甘味を求めて妖精の里を頻繁に飛び出し探し彷徨っていた。


 そして冒険の結果発見したのが、昨日野宿したハスカップもどき(ルヴェリの実というらしい)の群生地だった。

 だがあの程度の甘さでは満足できなかったフィンは、更に妖精の里から遠くへと冒険の範囲を広げる。

 妖精の里から離れすぎた結果、外敵である狼に見つかり追いかけられていたのだ。


 フレイヤの補足によると妖精の里は結界によって守られている。

 フィンが俺の目の前で消えたあれだ。

 この結界が妖精の里を隠しているが、あくまで視覚的に見えないようにしているだけであって、物理的には誰でも侵入可能だった。


 なので偶然侵入されないように、結界には認識阻害の効果も付与されていた。

 仮に妖精の里のある方向に真っすぐ歩いていたとしても、知らないうちに迂回してしまうそうだ。


 もちろん里に住む妖精と、妖精に案内された者は認識阻害の影響を受けない。

 認識阻害の力は里の外側数キロでも働いており、その区間なら妖精も安全に移動できる。

 今回フィンはその範囲の外側に出てしまったというわけだ。


「結局ルヴェリ以外に甘いのは見つからなかったけど、すっごく甘いのを出すトージに会えたし結果オーライだね。というわけで甘いのちょうだい!」


 などとのたまってそこそこある胸を張るフィン。

 人にものを頼む態度じゃないし、俺から甘いのが滲み出てるわけじゃないぞ。

 いや口からは出してるけどさ。


「フィン、我儘を言ってはだめよ。トウジさん、立ち話もなんですからこちらへどうぞ」


 フレイヤに案内されたのはガーデンテラスのような場所だ。

 ウッドデッキに人間サイズのテーブルと椅子が二脚置いてある。

 四隅に柱が立ち天井は格子状になっていて、様々な花が巻き付いて藤棚のようになっていた。


 俺とフレイヤが椅子に座り、ついてきたフィンは俺の肩に腰掛ける。

 フレイヤが杖を振ると、例の蝶の鱗粉のような光と共にティーカップに入った紅茶が二つと、数種類の果物が入った籠がテーブルの上に現れた。


 フレイヤに進められて紅茶を啜るとフルーティーな味わいで、地球で飲むものと何ら変わらず美味しかった。

 果物は見たことのないものばかりだが、ルヴェリだけは分かった。

 フィンが甘味を出せと横でうるさいので、〈コラン君饅頭(八個入り)〉を出してやる。


「フレイヤさんも一ついかがですか?口から出しましたが汚くないので」

「……!?これはフィンが夢中になるのも分かりますね」


 饅頭(の入った箱)を口から吐き出したことに驚いていたフレイヤだったが、饅頭を一口食べて更に驚いていた。

 口元に手を当てて上品に驚いているが、またもや糸目を見開いているので目力が凄い。


「トウジさん、貴方は何者なのですか?」

「それは俺も知りたい所ですが、順を追って話しますと……」


 地球で死んで、ゆるキャラとして転生したことを正直に話す。

 隠してもしょうがないし、真実を知られて困ることもない。

 むしろ何かわかる事があれば教えて欲しいぐらいだ。


 ゆるキャラのくだりは説明に苦労したが、概ね伝わった……はず。


「なるほど、おそらくですがトウジさんを転生させたのは〈混沌の女神〉様かもしれませんね」

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