第40話 互助関係

(あれ、いつの間に眠ったんだっけ?)

視界に映った天井に違和感を覚えながら、ぼんやりしたまま記憶を探った。


「お目覚めですか」

聞き覚えのない男の声にリアは反射的に飛び起きた。

ローブをまとった男がベッド横に立っていた。濃紺の髪と薄茶色の瞳がドレス姿の令嬢と重なって、リアは気絶する前の光景をはっきりと思い出した。


「お前、ステラに何をした!?」

まだ頭がふらつくものの、男から目を離さない。ステラを傷付け見知らぬ場所に勝手に連れてくるような人物を信用など出来る訳がなかった。


「事情もお伝えせず連れてきてしまいましたが、時間がなかったのですよ。貴女が無事で良かった」

リアの問いかけを無視しながら、笑みを浮かべる男の言葉には胡散臭さしか感じない。


警戒しながら一歩下がったリアがふと視線を落とせば見覚えのない服を着せられていることに気づく。

不快な想像に男を睨みつければ、涼しい顔をして答えた。

「誤解のないよう申し上げると着替えさせたのは侍女で、不埒な真似はしておりませんよ」


(ステラは大丈夫だろうか……)

侍女という言葉に悲鳴を上げて苦痛に耐えるステラの姿がよぎった。自分を庇ったせいで怪我をさせてしまったし、一緒にいたのにリアが攫われてしまったせいでノアベルトからまた叱責されているかもしれない。


そう考えると胸が痛むが今は無事に帰ることを優先しなくてはならない。焦る気持ちを押し殺しながら、状況把握に努めようとするリアに男はあっさりと自分の正体を告げた。


「自己紹介が遅くなり、失礼いたしました。私の名はアレクセイ、貴方を召喚した魔導士です。どうぞお見知りおきを、聖女様」


恭しい動作で一礼したアレクセイを信用する気はなかった。驚くよりも納得する気持ちが勝ったのは、丁重な態度と先ほどからの会話で薄々察していたからだ。

困ったように笑みは通常仕様のようだが、いちいち仕草がわざとらしく感じる。


(同じ人物に二度も攫われるなんて……)

言いたいことは山ほどあったが、この状況で喧嘩を売るほどリアは愚かではない。魔王城に放り出された時のように自暴自棄になれないのは今のリアには大切なものが出来たからだ。


「ルカ殿下がお待ちですが、その前に誤解を解いておく必要がありますね。魔族側からの話だけを聞いて物事を判断するほど幼くはないでしょう?」

心情的には突っぱねたくとも可能な限り情報は手に入れておくに限る。リアの沈黙を肯定と捉えたアレクセイは流れるような口調で話し始めた。


「召喚についてはもうご存知だと思いますが、恐らく貴女が私たちに不信感を抱いているのは聖女が魔王の元に召喚されるようになった点でしょう。私たちもずっとその原因を調べていましたが、魔王の力が干渉していると推測しています」


魔王の力が干渉しているのであれば、ノアベルトに分からないはずはない。微かな苛立ちを覚えるが、リアは大人しくエメルド側の言い分に耳を傾けるふりをした。


「エメルド内にある召喚の間にある魔法陣は有効で、だからこそ召喚は成功した。それなのに聖女がこちら側に現れないのは魔族側の操作によるものです。苦労して召喚した聖女をむざむざ危険な目に遭わせるはずがないでしょう」


理屈としてはおかしくないが、リアの不信感は増す一方だ。アレクセイの言葉によれば直接魔王の元に送られることが分かっていたにも関わらず召喚することを止めなかったのだから。


「そうすることで魔王に何の利があるんだ」

「魔王が貴女を婚約者としたのは貴女を逃がさないようにするためです。先の聖女を殺し、今の魔王は膨大な魔力を得た。あの魔物の令嬢が生贄と評したのはそれが理由です。聖女の力を我が物にするために彼は貴女を利用しようとしている」


確信めいた物言いが癪に障る。

確かにノアベルトはあの時、「――か」と言っていた。リアの前に召喚された聖女と面識があるのは確かだ。


(聖女を殺したかどうかは未確定、いやその可能性は低くないか)

そもそも召喚された直後に『処分』されそうになったのだ。その処分の意味が命を奪うこと以外の意味を持つとは思えない。だからこそリアは必死になって自分を売り込んだのだ。


魔力を得る方法がどんなものかは知らないが、何かしら時間が必要でリアが生かされているなら、召喚直後に処分しようとするはずがない。


「私に聖女の力などない。それに異世界から召喚して私を利用しようとしているのはお前らの方だろう」

そもそもアレクセイが召喚しなければ、ノアベルトが聖女を利用することもない。責任のすり替えだと反論すると思いがけない言葉が返ってきた。


「この世界への呼び掛けに応えてくれたのは貴女でもあるんですよ」

アレクセイの笑みが深くなる。


「貴女は元の世界に心から愛着を抱いていましたか?いくら聖女の能力を有していても、元の世界に執着があればあるほど召喚は難しいのです。どこかに逃げ出してしまいたいという欲求を貴女が持っていたからこそ、召喚は成功した」


アレクセイの言葉に心がヒヤリとした。自分の取り巻く環境も、そこに付随する人間関係もリアにとっては苦痛でしかなかったのだ。

迫りくるトラックのヘッドライトの光景を思い出す。あの時感じたのは恐怖でも生への執着でもなく、諦観だったではないだろうか。


「もともと私たちは利害が一致した互助関係にあるのです。召喚場所に問題があったため、ややこしくなってしまいましたが、本来の関係性に戻りましょう」

アレクセイの声は終始穏やかだったが、拒絶を許さないような圧力があった。


「私たちは貴女を元の世界から救いだしました。今度は貴女が私たちを救うため魔王討伐の手伝いをしてください」

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