第41話 不安

リアは一人で部屋に残されていた。

アレクセイの言葉が頭の中を回っている。強制的に連れてこられたのではなく、自分が望んだ結果であったことに少なからずショックを受けていたのだ。

だが時間が経つにつれてだんだん腹が立ってきた。


(ノアを殺す手伝いなんてするわけないだろう!)


いくらリアが望んでいたとしても、勝手に連れてきて対価を支払うよう強要するなど暴論だ。誘拐犯扱いよりは若干ましになったが、押し売りのような論理に付き合う義理はない。だが去り際に残したアレクセイの言葉が気にかかる。


『貴女は確かに聖女ですよ。貴女はエメルドにいてくれれば良いのです』


リアが存在するだけでエメルドに何かしら力を与えることになるのだろうか。もしくはノアベルトに対する人質という意味なのか、リアはその真意を測りかねていた。

逃げ出そうにも高い位置にある窓には格子がはめられ、唯一の出入り口である扉には鍵を掛けられている。身動きが取れないことに焦燥感が増していく。ノアベルトの不利益になるような事態に置かれながら、何もできないことがとても悔しかった。


(ノア、心配してるだろうな)

すぐに戻って来ると約束したのに守れなかった。一度思い浮かべるとノアベルトに会いたいという思いがどんどん強くなる。いつの間にか傍にいるのが当たり前になっていて、攫われて半日も経っていないのに寂しいと思ってしまった。


(でもずっと嘘を吐いていたこと、ノアはどう思うんだろう……)

名前を偽っていたことは、きっとノアベルトの耳にも届いているだろう。そう思うとたまらなく苦しくて怖かった。嘘を吐くつもりではなかったが、ずっと黙っていたのだから不信感を抱かれても仕方がない。大嫌いだった名前はいまだに自分に付きまとっていて、まるで呪いのようだと自嘲する。


過去に記憶に囚われかけた時、視界の端に何かがよぎった。違和感の元を探していると左手の婚約指輪が錆色に変わっていることに気づく。


「嘘っ!何で?!」

身に着けていたドレスや宝石などは全て没収されていたけれど、指輪だけは外れなかったのか残されていたようだ。ノアベルトからもらった大切な婚約指輪はその輝きをすっかり失っている。


(エメルドに連れて来られたから?……それとももう婚約者の資格がなくなってしまった?)

ノアベルトを騙していたのは事実なのだから、愛想を尽かされたのかもしれない。そんなことが頭に浮かんだ途端、涙が込み上げてきてリアは慌てて考えを振り払う。


(まだ何が原因か分からないのだし、泣いている場合じゃないだろう!)

そう自分に言い聞かせるが、嫌な想像は止まらない。胸に走る鋭い痛みと息苦しさが罰のように感じられた。


「ノア……」

呟いた名前に答える者はいない。それでもノアベルトと他愛ないやり取りや会話を思い出すにつれ、リアは徐々に落ち着きを取り戻した。


(たとえノアに嫌われたとしても、エメルドのために働くなんてお断りだ!あいつらがノアに危害を加えることなんて絶対に阻止してやる)

そんなことを考えているとノックの音が聞こえて、リアは望まない人物との再会を果たした。



「また会えて嬉しいよ、僕の聖女。君のことはずっと心配していたんだ。守ると言ったのに助け出すのが遅くなってすまなかったね」


気遣うような態度は恐らく本当なのだろうが、相変わらずルカ王子とは話が通じる気がしなかった。王子の後ろにいる少女に目を向けると、優しく微笑んでいたがその瞳は不安げで身体も強張っているように見えた。


「ああ、紹介が遅れたね。彼女はルーナ国第二王女のイブリン、僕の婚約者だ」

「お目にかかれて光栄です、異世界の聖女様」

優雅に一礼すると、腰まで伸びたブロンドの髪がきらきらと揺れる。まさに正統派のお姫様といったところだろう。


イブリンの身分と立ち位置が分かって、リアは彼女の態度が腑に落ちた。自分の婚約者が他の女性に対して「僕の聖女」などと特別な存在のように呼んでいる様は面白くないだろう。自分の立ち位置を揺るがすようなリアの存在に警戒しているのかもしれない。

ルカ王子の言動は無自覚なため余計にタチが悪い。


「イブリンもこの世界の聖女なのだよ。同じ聖女同士気が合うと思うんだ」

そんな訳ないだろうと内心ツッコミを入れるが、ルカは本気でそう思っているらしい。


リアの苛立ちや不満をよそに、王族たちとの望まないお茶会が始まった。

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