第31話 心の変化
「ノアのご両親は?」
こちらの常識は知らないが、婚約といえば互いの両親を交えて顔合わせするのが普通ではないだろうか。リアはともかく、魔王の両親が存命であれば勝手に話を進めていいとは思えない。
「気にしなくていい」
それはどちらの意味だろう。いないから気にしなくていいのか、魔王が対応するから気にしなくていいのか。じっと見つめていると、補足してくれた。
「先帝は罪を犯したため幽閉しているから、二度と顔を合わせることもない。母は随分前に亡くなった」
「……言いづらいこと聞いてごめん」
「周知のことだ。気にするな」
反省するリアに魔王はあやすように頭を軽く撫でた。気まずい雰囲気はなく、リアは先ほどより心のモヤモヤが薄くなっていることに気づいた。
(え、何でだ……)
自分の心の変化に戸惑ったリアは先ほどの会話を反芻する。魔王がどこか物言いたげな表情だが、気にする余裕がない。何か大切なことを掴みかけた気がするのだ。
(婚約……ノアの両親……ああ、そっか。もしノアの両親がいれば反対されるかもしれないって思ったんだ)
その時よぎった感情がどんなものだったかを思い出す。
(婚約を反対する存在がいないことに私は……安心したの?)
その思考に行き当たったリアは思わず目を瞠った。それはつまりこの状況が、魔王——ノアベルトの婚約者でいることが嫌ではないということではないのだろうか。呆然としているとノアベルトはリアの手を握り締めて言った。
「他には何が不安だ?環境の変化は如何ともしがたいが、私がリアを想っている気持ちは変わらない。出会った日からずっと愛している」
その言葉に、ノアベルトの気持ちに心がそわそわするが、冷静な自分が容赦なく指摘する。
(人の気持ちなんていつかは変わる)
リアが人を好きにならないのは、その後のことを考えてしまうからだろう。その時は本物でも終わりがあって苦しい思いをするぐらいなら最初からいらない。
無自覚ながらそう思っていたのに――。
「……もしもノアの気持ちを受け入れなかったら、私を殺す?」
試すような問いは相手の気持ちを疑うような失礼なものだろう。だけどノアベルトは不快そうな感情を見せずに即答した。
「殺さない。だが手放すつもりはない」
一切の躊躇のない答えは執着めいていて少し怖いけれど、リアにそれ以上の安心感を与えてくれた。
(苦しいのも傷つくのも嫌だけど、どうせもう逃げられないんだよな……。だったらもう素直に受け入れてもいいんじゃないか?)
ノアベルトは欲しい言葉と溢れるほどの好意をくれた。戸惑いもあったが、それをどこかで嬉しく感じていたのも事実なのだ。そしてノアベルトはリアの性格を咎めず、矯正しようともしなかった。それが何よりも心地よい安心感を与えてくれていた。
これは異性への愛情ではないのかもしれない。だけどノアベルトのことは嫌いではないし、嫌われたくもないのだ。だからリアは素直な気持ちを口にした。
「ノアに比べたら全然足りないかもしれないけど、ノアのこと……好きだよ」
勇気を出して告げたものの、言葉だけでは伝わらないかと思ってノアベルトの言葉を待つことなく、頬にキスをした。
(っ、もう限界!これ以上は無理だ!!)
顔の暑さから真っ赤になっているのは間違いなく、恥ずかしさと僅かな恐怖から顔を上げられない。
冷たい手が頬に当たり、顔を持ち上げられて目があった。
「リア」
困ったように眉を寄せるノアベルトを見て、間違ったことをしてしまったのかと不安になった。
以前も勝手にキスをして怒らせたが、今回も謝ったほうが良いのだろうか。
それを口にする前に、リアはノアベルトから強く抱きしめられた。
「リア――何て可愛いらしいことをする」
その言葉に安心して、リアもぎゅっと抱きついてみた。
「――!っ、リア?!」
狼狽したようなノアベルトの声に顔を上げると、焦ったような表情が浮かんでいる。
「……リア、甘えてくれるのは嬉しいが無理はしなくていい。怖がらせてしまったな」
触れようと伸ばした手を止めたノアベルトを見て、リアは何か噛み合ってないような気がした。
「怖がってなんかないよ……。何か間違ったことした?」
「いや、私にとっては嬉しいことだった。ただ私の機嫌を取るためにこんなことをする必要はない」
「……機嫌なんか取ってない」
自分でも驚くぐらい尖った声が出た。ちゃんと言葉と行動で示したのに、ちっとも伝わっていないことが無性に悔しいと思った。
「だが、リアが望まないのにずっと傍に置くと言ったからではないのか?」
確かにタイミングが悪かったのかもしれない。それでも信じてくれないことが悲しくて先ほどまで自分を奮い立たせていた勇気がしぼみ、気持ちを伝えてしまったことが間違いだった気がした。
「もういい、離して」
ノアベルトから離れようとするが、強い力で引き寄せられる。
「……リア、待ってくれ。本当に、私は思いあがっていいのだろうか?」
嫌だと拒否したかったが、期待に満ちた目は子供のようにまっすぐでいつもよりずっと輝いていて綺麗だと思った。
反抗的な気持ちがすっと収まり、気恥ずかしさを堪えて小さな声で告げる。
「……ノアのこと、好きだよ」
恥ずかしさに目をつぶると、柔らかい感触が唇に触れる。何度も何度も優しく触れては離れるを繰り返す。ようやく収まって目を開けると、ノアベルトの柔らかい笑みがあった。
「リア、愛してる。こんなに嬉しいことは初めてだ」
胸がきゅっと苦しくなって、これが愛おしいという気持ちなのかもしれない。嬉しくてちょっと切なくて心が満たされる感覚にリアは自然と笑みを浮かべていた。
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