第28話 後悔 ~ノアベルト~
(本当に愚かなことをした)
ベッドに横たわるリアの顔を見ながら、ノアベルトは自責の念に駆られていた。
顔がいつもより紅潮し苦しそうな呼吸に胸が痛む。リアに使われた薬は意識を奪うためのもので、身体に影響がほとんど残らないものだという見立てだったが、目覚めるまでは安心できない。
顔にかかる髪をそっと払うと細い首筋が露わになった。そこに残した自分の痕を指でなぞると、リアが僅かに身体を震わせる。構わずに頸動脈の辺りに手を這わせると、とくとくと規則的な鼓動を感じて、詰めていた息を吐く。
危うくリアを失うところだった。数か月前まで出会ってすらいなかったのに、もはや傍にいないことなど考えられない。
いまだにリアの心を得られてはいないが、最初の頃に比べるとずっと慣れてきたし、今回の外出で距離が縮んだように感じられた。甘えて欲しいと願えば、一生懸命応えてくれようとしたことが嬉しかったし、腕の中で眠ってしまった時には信頼されている証のようで満たされた気持ちになった。
リアの喜ぶ顔が見たくて、書店に連れて行ったことが失敗だった。そのまま城に戻っていたなら、楽しい一日で終えたのだろう。
(否、あれは油断していた私のせいだ)
背後関係を洗い出そうとして、衛兵ごときに注意を逸らされるなどあってはならないことだった。
あれが敵意や悪意を持って接近していたなら、間髪入れずに気づいたと断言できる。負の気配に敏感な性質だったからこそ、気づくのが遅れた。術の発動と同時に気づいたが間に合わず、リアを目の前で奪い去られた。
喪失感と激しい怒りに目の前が真っ暗になり冷静さを失いかけた。初めて抱いたあの感情を絶望と呼ぶのだろう。
左手を握るとブレスレットが灯りを受けて微かに光った。手首を取ってそれに唇を押し当てる。直前に渡していなければ、リアを探すのにもっと手間取っていたはずだ。購入してからお守り代わりにと自分の魔力を微量ながら付与していた。その甲斐あって、最短でたどり着けたはずだが、崩れ落ちそうになるリアの姿を見た時に怒りで我を忘れそうになった。
すぐさま存在を消してやりたかったが、すぐ傍にリアがいた。巻き添えにしてはならないと力と感情を抑えた結果、愚かな王子に致命傷を与えることが出来なかった。
抱き留めたリアの目には涙が浮かんでいた。
何を言われたのか、どんなことをされたのか、不安と苛立ちが湧いたが意識を失ったリアの治療が最優先だった。
(もう二度と外に出さない)
唯一の存在を喪わないためには今まで以上に注意を払わなければならなかった。
活き活きとした表情で笑う楽しそうなリアの笑顔が頭をよぎった。一生閉じ込められると知ったなら、どんな顔をするだろう。リアにとって決して喜ばしいことではないはずだ。
「大切に慈しむから嫌わないでくれ……」
静まり返った室内に懇願する声が落ちた。
明け方になってようやくリアが目を覚ました。安堵しかけたが、その瞳がいつになく不安げに揺れていることに気づいた。
「ノアは、私が聖女だから優しいの?」
縋るような弱々しい声に言葉を失った。
(一体どんな良からぬことを吹き込まれたのか!)
不安を与えリア自らの意思でエメルド国に来ることを選ばせようとしたのかもしれない。焦る思いとは裏腹に安心させるようにゆっくりと自分の想いを伝えた。少しでも気持ちが届くようにと願いながら——。
リアがどう思ったか分からないが、その表情に嫌悪感はなかった。水を準備するため、部屋にしっかり鍵をかけて部屋の外に出たノアベルトは、低頭しながら待機していたステラを一瞥した。
「申し訳――」
「謝罪はいらん。許す気もない」
身体が小刻みに震えていて、恐らく表情も蒼白になっているだろう。
外出許可を最終的に出したのは自分だから、それに対する処罰はない。だがカフェと書店と続いてステラは対応を誤った。リアを尊重した結果ではあるものの、危害を加えられそうになったこと、そして衛兵を止めらなかったことはリアの侍女として失格だった。
「だがリアはお前を庇うだろう。今後は私の不在時にリアの世話をすることを禁ずる。また私がいる時でもリアに話しかけることも目を合わせることも許さない」
震える声で承諾の意を示したステラを顧みることもなく、思案を巡らせる。
二度と他からかすめ取られることがないように、リアを逃がさないように閉じ込めるだけでは不十分だ。リアの全てを手に入れるためにも、逃げ道や選択肢をつぶしていくしなかい。
リアにとってステラは必要な存在だから処分はしないが、近しい関係にある必要はない。ステラと距離を置けば、リアは孤立し自分だけに頼らざるをえない状況になる。
(ああ、牽制のためにも婚約を進めよう)
求婚してもリアは承諾しないだろうが意識させるためには有効であるし、理由を用意すれば恐らくリアは断れない。
「私なんかに愛されて、哀れだな……」
罪悪感はあるが、どうしても手放してやれない。己の身勝手さに自嘲の笑みが浮かんだ。
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