第26話 王子と魔導士
「ルカ様!よくぞご無事で――」
部屋に入るなり涙を浮かべて言葉を詰まらせるイブリンに、ルカは困ったような笑みを浮かべた。
「心配かけてごめんね。聖女を救出することが出来なかった上にこのザマだよ」
魔力で吹き飛ばされて壁に激突したものの、大怪我に至らなかったのは幸いだった。とはいえ軽い打ち身だけでは済まず、露出した部分から覗く白い包帯が痛々しい。
「そんなことっ、ルカ様が偵察などするような身分ではございませんわ。どうかもうお止めくださいませ!貴方様の身に何かあったらと思うと――」
「イブリン嬢、落ち着いてください。殿下の怪我に障ります」
静かにたしなめる声にイブリンははっとしたように口を噤んだ。
「殿下のおかげで聖女の存在が確認されました。さすがに国王陛下や王太子殿下も無視できないでしょうから、殿下にそのような仕事をさせずに済みますよ」
その言葉に安心したイブリンは、滋養たっぷりの料理を作らせるために部屋から出て行った。
「アレクセイはイブリンをコントロールするのが上手だな」
「人聞きの悪いことをおっしゃいますね。殿下の婚約者にそのようなこと、恐れ多いことです。魔導士とはいえ、一応貴族の端くれなのでそれなりに社交性を身に付けているだけですよ」
主従関係にあるとはいえ幼い頃から共に過ごしてきたため、二人きりの時は軽口を叩けるぐらいの間柄だ。
「しかし、聖女の件はなかなか厄介な事態になりそうですね」
聖女を発見後、怪我をしたルカの治療のため、イスビルとの境界であるトルマに拠点を移した。王都には既に使いを出したが、すべてを報告したわけではない。
ルカが遭遇した魔族の特徴は魔王と一致していた。魔王が人前に姿を現すことは滅多にないが、外交官や一部の王族はその姿を目にしているため、容貌に関しては伝えられている。冷酷、残虐、苛烈などと言われているが、会えば冷ややかな瞳で感情を浮かべず、必要最小限な言葉しか口にせず、何を考えているか全く分からない。今のところ大きな動きをみせていないが、だからといってどこまで信用できるのか。
聖女は魔王に騙されている、というのがルカの主張だった。
「見た目は伝承通りの聖女だったのに、粗雑な口調に乱暴な態度で驚いたよ。きっと魔王に良からぬことを吹き込まれて、不信感を抱いているんじゃないかな――可哀そうに」
ルカは善良な人間だ。王太子や第二王子と歳が離れていること、生来のおっとりした気性もあって権力争いからも無縁だった。正義感も強く真っ直ぐな性格だが、思い込みが激しい面がある。
そのためアレクセイはルカの主張をそのまま受け取らなかった。だからこそ報告では、聖女を街で発見したが、魔族と遭遇し争いになったため保護出来なかった、と詳細は伏せて知らせるに留めたのだ。
(聖女といえども人間ですから、生まれ育った環境によって人格は変わるでしょう。厄介なのは魔王が何故か聖女に執着していることですね)
使者が追い返された時は、交渉を有利に進めるため強硬な態度を取っているのだと思っていた。だけど、ルカから聞いた話ではどうも様子が違う。
聖女は逃げる直前までは普通に買い物をしていたようなのだ。わざわざ人質を連れて街に出るなどあり得ない。何らかの理由で街に連れて行く必要があったとしても、物理的に拘束されていたようでもない。
しかも魔王自身が共に行動しているのも奇妙だ。これは魔王が聖女に関心を抱いていると考えるのが自然だろう。聖女の力なのか他の意図があるのか分からないが、魔王から聖女を奪うのは容易なことではないだろう。
(だが裏を返せば、聖女は魔王の弱みになりうるかもしれない)
アレクセイは聖女を手に入れるための方法を思案し始めた。
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