第24話 エメルド国の王子
立ち眩みのように視界が一瞬くらりと揺れた。遠くからの喧騒に意識が戻り、瞬きをするとそこは屋外でどこかの路地裏のようだった。
「今はこれが精いっぱいだ。安全なところまで移動しよう」
そう言いながら再び腕を引く青年の手をリアは思い切り振りほどく。呆気に取られた様子の青年は悪気がないのだろうが、人の話を聞かない上に思い込みが激しすぎる。
「貴方は誰ですか?味方と言われても初対面のはずですが」
「僕はエメルド国第3王子のルカだ。君は異世界から召喚された聖女、そうだろう?」
眉をひそめ険しい表情になったリアを見て、そこに良い感情が含まれていないことを悟ったのだろう。忙しない口調ながらもルカは簡単に事情を説明してくれた。
聖女召喚の儀式を行ったものの、不完全な状態で最初は失敗したものだと思われていた。しかしながら、祭具は聖女の存在を示していることが確認され、所在を探すとイスビルにいることが判明。慌てて使者を送るが追い返され、少しでも情報を得るためにルカはイスビルに潜入したのだ。
「街にいても聖女の情報が全く手に入らず焦っていたとこだったが、君に会えたのは本当に僥倖だった」
「……何で私が聖女だと思ったんですか?」
リアの疑問にルカは胸元からペンダントを取り出した。
「これは祭具の一部なのだけど、君に反応して熱を帯びたんだ。それに君の髪の色は聖女の特徴とも一致している。魔物に捕らえられながらも毅然とした態度でいるなんて、さすが聖女だね」
ルカは全く悪気ない様子でリアを称賛するが、嫌な感情がじわじわと湧き上がってくる。
「私は聖女ではありません。――失礼します」
淡々と告げて背を向けてその場を去ろうとするリアだったが、驚きの表情を浮かべたルカに進路を塞がれる。
「さっきの魔物に脅されているんだね?確かに強い魔力を持っていたけど、僕が守るから大丈夫―」
「聖女を召喚したのは貴方?」
遮るような質問に目を丸くしつつも、ルカは律義に答えた。
「いや、僕付きの魔導士のアレクセイだ。聖女の召喚も彼でなければ難しかっただろう」
得意げな表情に不快さが増した。見た目だけでいえば同じぐらいの年代だが、ルカの言動は子供のように無邪気で傲慢だ。
「勝手に連れてこられて守るとか言われても、ふざけんなとしか思わねえよ」
言葉遣いを変えて吐き捨てるように言うと、ルカは驚きつつもようやくリアが不機嫌な理由に思い至ったらしい。
「それは、……すまない。だけど君がいれば罪のない人々が救われる。どうかその力を貸してほしいんだ、僕の聖女」
ルカは跪いてリアの手を取り、唇を落とそうとするが――
「触るな!」
乱暴に振りほどかれて、ルカは呆気に取られた様子を見せる。
「さっきから勝手なことばっかり言っているが、お前らの都合を押し付けるな!私は聖女なんかじゃない!」
リアの言葉にルカの目がすっと細められる。今までの穏やかな様子が一変し、不機嫌な雰囲気でリアはさっさと逃げ出せば良かったと少し後悔した。
「混乱しているんだね。悪いけどちょっと大人しくしていてもらうよ」
足元に投げつけられた小さな瓶、かしゃんという軽い音を立てる。それを認識すると同時に甘い匂いにくらりと眩暈がして、立っていられない。倒れそうになるリアの肩をルカが掴む。
「離せ……私に、触れていいのは……お前じゃないっ!…」
声を振り絞るが、力が入らず悔しくて涙がにじむ。
「――容赦しないと、伝えたはずだ」
冷ややかな声が聞こえたと同時に雷が落ちたような轟音が鳴り響いた。
力が抜けて崩れ落ちる寸前で、抱き留められた腕の感触に安堵する。
「遅くなってすまない」
返事の代わりにぎゅっと魔王の腕を握り締めて、リアは意識を手放した。
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