第23話 小さな違和感
「…ん……っ!」
寝落ちしたことに気づいた瞬間、勢いよく顔を上げれば間近に魔王の顔があった。
「うわ、ごめんなさい!」
頭を撫でさせておいて、そのまま寝てしまうなんて図々しいにも程がある。そもそもこんな状況で寝てしまう自分が恥ずかしい。
「構わん。さほど時間も経っていない」
どこか嬉しそうな口調に顔を上げると、口元にうっすら笑みが浮かんでいた。
「重いのにすみません、陛下――」
人差し指を唇に当てられてリアは言葉を噤んだ。
「ひと眠りして忘れてしまったのか?……約束を守れない子にはお仕置きが必要だな」
笑みを浮かべているのに、細められた目に冷たさが混じっている。こういう時の魔王は危険だということをリアはもう知っていた。
「ノア、ちょっと落ち着いて。ほら、お茶でも飲もう?!」
慌てて距離を取ろうとするが、魔王はリアをしっかり抱きしめて離さない。顔が近づき思わずぎゅっと目を閉じると、触れるだけの口づけが何度も降ってきた。
「――キスは、お仕置きでするものじゃない」
「リアに酷いことはしたくないし、私にとっては嬉しいことだから一石二鳥だ」
ようやく解放されたリアが苦情を訴えると、魔王は素知らぬ顔で答える。
控えめなノックに続いて、ステラが新しいお茶と軽食を運んできた。膝から下りようとするが、腰に回された腕に力が込められ動けない。
「ノア、下ろしてよ」
「このままでも問題ない」
ノアベルトはクッキーを手に取ると、リアの口に放り込む。それからミルクをたっぷり入れたカップを口元に差し出した。
(飲みづらいわ!!)
今まで以上に過保護な状態に、驚きを通り越して呆れた。どうやら騒動に巻き込まれるたびに過保護度が加速するようだ。これ以上は全力で遠慮したいと考えたリアは魔王と目を合わせて言った。
「ノアと一緒にお茶を飲みたい」
逃げないように片手は腰に回され、片手はお茶や菓子を運ぶ状態でノアベルト自身がお茶を飲むことができない。流石に諦めてくれるだろうと思っていたが、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「ではリアが飲ませてくれ」
そう言って自分のカップをリアに渡してくる。紅茶からはまだ湯気が立ち上っており、下手に飲ませると火傷させてしまうだろう。こぼさないように両手で持って悩んでいる間にも、ノアベルトはせっせとリアに菓子を運ぶ。
「んぐ……、ちょっと待って」
飲ませなければずっとこのままだろうと思ったリアは覚悟を決めた。
魔王のカップを自分の口をつけ温度を確認すると、ゆっくり飲めば火傷しない程度の温度だ。慎重にカップを持って魔王の口に付けて、ゆっくりカップを傾ける。
こくりと喉元が動くのを見て、カップをそっと下ろした。
「いつもより美味しいな。…もっと欲しい」
互いにお茶や菓子を食べさせるのではなく、自分で食べればいいことにリアが気づくのはお茶がほとんどなくなった頃だった。
「1軒だけ立ち寄ったら、戻るぞ」
魔王の機嫌は直ったが、さすがにこれ以上自由にさせる訳にはいかないのだろう。初めて魔王が提案したのでどんなお店のだろうと思いながら、店内に足を踏み入れたリアは目を見張った。所狭しと並んだ背の高い棚にはたくさんの本が陳列されている書店だったのだ。
「気になったものがあれば、いくらでも買うが良い」
「――ありがとう!」
本を読んで過ごす時間の多い自分のために連れてきてくれたのだと分かった。嬉しくて口元が自然に緩んでしまう。
「ノア、あっち見たい」
振りむいて呼びかけると、魔王が穏やかな笑みを浮かべ愛おしげにリアを見つめている。
一瞬動揺しかけたものの、目を逸らして魔王の手を引くと、何も言わずに付いてきてくれた。自分から手を伸ばしたのは、離れれば怒られるから仕方がないことなのに、どことなく自分に言い訳をしているような気がする。
だがそんな小さな違和感も本を眺めているうちにすぐに消えてしまった。
本を選ぶときにはさすがに手を離してくれた。選んだ本はすぐに魔王が取り上げてしまうため、荷物持ちのような真似をさせてしまって申し訳ない気分だ。何度か自分で持つと主張したが、魔王が譲らないため居心地の悪さを我慢する。
(こういうところは紳士的だし、多分かなりもてるんだろうな)
何となくそんなことを考えながら5冊ほど本を選んだところで、扉のカウベルが乱暴に鳴り響いた。奥まった場所にいるため入口の様子が見えないが、ざわめきが聞こえて不穏な気配が伝わってくる。
魔王はすぐにリアを庇うように前に出る。衛兵の恰好をした男性2名がこちらに向かってきた。
「失礼いたします。そちらの少女の身元を検めたいのですが」
丁寧な口調ながら視線は高圧的で、リアを引き渡すようにと態度で示している。
「不要だ。衛兵の業務範囲を超えている」
魔王の言葉に衛兵がむっとしたような表情を浮かべた後、険しい表情で言葉を募る。
「……その少女がエメルド国の間者だという報告がありました。庇い立てするようなら貴方にも責が及びますよ」
「言いがかりにも程があるな。――控えろ」
身体に負荷がかかり、頭を押さえつけられるような感覚があった。それでも自分に向けられたものではないから立っていられたが、衛兵は真っ青な顔をして跪いた。
魔王が一歩進んで衛兵たちの前に立ち、短く問う。
「誰の命だ、二度は聞かん」
その様子をぼんやり見ていると、不意に後ろから腕を引っ張られる。いつの間にか栗色の髪をした若い青年が真剣な表情を浮かべて立っていた。
「僕は味方だ。今のうちに逃げるよ」
切迫した口調だったが、青年は何か勘違いをしているようだ。そのことを伝えようと口を開く前に、目の前が淡い光に包まれて遠くで魔王の焦ったような声が聞こえた。
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