第22話 甘えかた
予想外の言葉にりあは何を言われたのか一瞬分からなかった。必死で考えてようやく扇子で殴られそうになったことを示しているのだと気づいた。
傍から見れば扇子で逃げるでも身を守るでもなく、ぼんやり突っ立っているように見えたのかもしれない。
「違っ、ちゃんと避けるつもりで―――」
「殴られてもいいと思っていただろう」
途中で遮られた言葉は、的確にリアの思考を言い当てていた。そのほうが後々有利に働くかもしれないと思ったことは事実である。魔王の観察力に驚きながらも、ある考えがふっと頭に浮かんだ。
(えっと、じゃあもしかして魔王は私が無抵抗で殴られようとしたから怒ってるのか?)
その考えはリアを大いに困惑させた。その様子に苛立ったのか、魔王はリアの首筋に噛みついてきた。
「――痛っ、やだ!」
「扇子で打たれるよりは痛みは少ない」
歯を立てた場所を舐めて、魔王は首筋から顔を離した。平然とした表情とは対照的にリアは動揺を隠すことができない。これ以上の行為も魔王が苛立っていることも嫌で、やっとのことで言わなければならないことを口にする。
「心配かけて、ごめんなさい?」
怒っているのは心配してくれたからだと考えるのは自意識過剰かもしれないという思いから、つい語尾が疑問形になってしまった。
「私はリアを傷付けようとするものは許さない。たとえリア自身が望んだとしても、絶対にだ」
その言葉に自分が考えたことが正しかったのだとほっとする。
だが大切にされているのも、甘やかされているのも気まぐれだと思っていたのに、真剣な表情で告げられるとどうしていいか分からない。顔が熱く自分がどんな顔をしているのかと思うと、逃げ出したくなる。
「――ごめんなさい。今度から気を付ける」
「次同じようなことをしたら二度と城から、いや部屋から出さない」
きっぱりと断言することから本気であることを窺わせる。言い訳だと取られることを承知でリアは一応説明することにした。
「えっと、でも本当に殴られるつもりはなかったんだ。先に殴られれば身分差があっても正当防衛になるかと思ったから。でも子供の前でそういうのを見せるのもどうかと思うし……ノアが来てくれて助かった」
「……身分差」
魔族の中でも貴族制度は存在していることをリアは書物を通じて知っていた。一般的には魔力が強いほど高位貴族であることが多く、その造形も極めて優れているという記載についてもノアベルトやヨルンを見ていると十分に納得できた。
だからこそあの母親も高位貴族であると推測したのだが――。
「言動と見た目から貴族っぽいなと思ったんだけど、違った?」
魔王はそれに答えず、ぎゅっとリアを抱きしめる。
また何か間違えただろうかと不安になるが、魔王の言葉にリアは自分の愚かさに気づいた。
「そんなもののために……。あの者が例え高位の貴族だとしても、この国で私以上に身分が高い者などいない」
「あ……」
いくら身分を笠に着てリアを貶めようとしても、魔王が庇ってくれるなら何の役にも立たなかっただろう。
(でもそれだと虎の威を借る狐だよな。魔王のことを利用するのは、あんまり好きじゃない)
「それとも私を頼るぐらいなら殴られたほうがまし、ということか」
内心を読み取ったような言葉に不穏な気配を感じて、リアは慌てて否定する。
「そういうことじゃなくて——!すでにノアに甘えすぎているから、これ以上迷惑かけたくないし、それに感情的になっててそこまで考えていなかったんだ」
「何の迷惑も被っていないし、甘えられていない」
そう言って不満そうな魔王は様子を見せる。
「普通は何も役に立ってない居候に、衣食住の面倒を見てくれたりしないよ。だから……感謝してる」
『働かざる者食うべからず』という格言がリアは嫌いではないし、すごく納得がいくものだ。それなのに3食おやつ付きという高待遇で、何もしていない状況は居心地が悪い。
「全然足りない。リア、甘えてくれ」
(と言われても、甘えるってどうするんだっけ?)
魔王は無言でじっとリアの様子を窺っている。これは間違えると良くない感じだ。
「……じゃあ頭を撫でて欲しいんだけど」
子供っぽいことは重々承知だったが、それ以外に思いつかなかった。いつもは魔王が当然の権利のように勝手にしていることだが、自分から頼むのはそれなりに恥ずかしい。
一瞬の間があったが、大きな手がリアの頭に触れた。優しい手つきにもう怒っていないのだと分かる。ふっと身体の力が抜けたリアを魔王はそっと抱き寄せた。
(魔王に撫でられるのは嫌いじゃない)
壊れ物を扱うように丁寧な仕草は、大事にされているようで心地よい。怒っていた理由も自分を蔑ろにする行為のせいで、そんな風に心配してくれること、自分のために怒ってくれることに驚きよりも喜びが勝った。怖い気持ちや悲しい気持ちがあっという間になくなって、心にじわりとした温かさが灯る。
前夜の寝不足と緊張が解けて安心したことで、いつの間にかリアは眠りに落ちてしまった。
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