第21話 許容の範囲 ~ノアベルト~

街に着いてからリアは気分を切り替えたようで、興味深そうに周囲を見渡し落ち着かない様子を見せる。それを微笑ましく思っていたが、ステラが同行するのだと分かると顔をぱっと輝かせたことに不満を覚えてしまった。自分と二人きりになるのがそんなに嫌なのかと勘繰ってしまう。


すぐさま不機嫌な様子に気づいたリアが、どんどん顔を曇らせていく。悲しそうに俯く姿を見て、ようやく狭量な態度を見せたことを反省した。


取り繕うように繋いだ手はすぐさま振りほどかれるだろうと思っていたが、意外にリアはあっさりと受け入れた。小さく柔らかい手から伝わる温もりに、何よりも大切にして守ってやりたい気持ちになる一方、閉じ込めて自分だけを見て欲しいという独占欲が強くなる。


きらきらと目を輝かせ、楽しそうなリアの弾んだ声は確かに切望したものなのに、どんどん自分が欲深くなっていく。


「そうだ!ステラ半分こしない?」

(やはり侍女などいらなかったかもしれない)


リアが無邪気に自分ではなくステラに提案した時、本気でそう思った。リアの世話ならいくらでもしてやりたかったが、同性でなければ不快なこともあろうと考えてしまったのだ。

今のノアベルトにとってステラは邪魔な存在でしかない。


(傍にいても存在を気にかけてくれないのなら、周りにいる者たちを全て消してしまったらリアは私だけを見てくれるだろうか)


そんなことを考えながら、食べたくもない菓子を奪いリアに与える。嫌いだと思ったというリアの正しい指摘と謝罪に少し居心地が悪い。自分の分も与えようとすれば、いつもなら仕方ないと言いたげな表情を浮かべつつも口にするのに、今日はあっさりと断られる。


それが面白くなく、代わりに顔を近づけてリアが持つ菓子をかじった。

「気に入ったなら、もっと食べる?」


その言葉は一瞬幻聴かと思うほど、予想外のものだった。リアが自分の嗜好を気に掛けてくれた、ただそれだけのことなのにじわりと心が温かくなる。

リアにとっては何でもないことなのかもしれない。だがノアベルトにとってそれは特別で喜びを感じる瞬間であった。


店を回りながら、リアはいつもと比べものにならないほどよく喋った。その大半はリアが質問し、ノアベルトが答えるというものだったが、充実した心地よい時間だった。会話をする時、リアはノアベルトと目を合わせ色んな表情を見せてくれる。


自分だけが満足している気がして、何でも気に入ったものを買い与えようとしてもリアは嫌がった。だけど一つだけリアの気を引いた安物のブレスレットだけこっそり購入した。自分の瞳の色と同じ宝石がついていて、身に付けて欲しかった。


愛おしくてたまらないと髪に口づければ、わずかに顔が赤く染まる。時々こういう顔を見せてくれるから、どんなに邪険にされても一向に気にならない。

半ば無理やり押し付けたブレスレットだが、手首に付けると恥ずかしそうにしながらも感謝を口にする。嬉しそうな笑みを浮かべるリアを見て、理性が揺らいだ。


心の奥に隠しておくべき願望がこぼれて、もっと多くをと望んでしまう。柔らかい頬に触れ、口づけを落とす直前で、邪魔が入った。



「少しだけお一人にして差し上げたほうがよろしいかと存じます」

自分よりリアを理解しているかのような発言は気に食わないが、正しくもある。


(少しやり過ぎたか)

リアは怒っていなかった。だが代わりに浮かんでいたのは困惑とわずかな怯えの感情だ。


いくつかの可能性と対処方法を巡らせていると、遠くから物が壊れる音が聞こえた。リアが戻ってこないことに不安を覚え迎えに行けば、聞こえてくるのは耳障りな甲高い声。そこに聞き覚えのある攻撃的な口調が加わり、角を曲がったところで目にしたのは、許しがたい光景だった。

怒りを含んだ声に全員が動きを止めるが、ノアベルトにとって重要なのはリアだけだった。


個室に戻るなりステラを締め出し、リアを膝の上に乗せて向かい合わせになる。

普段なら嫌がって逃げ出すか、不満を訴える行為にも関わらず、大人しくてしているのは怒らせたという負い目があるからだ。だが騒動を起こしたこと自体に腹を立てているわけではないことが、リアには分からないらしい。


頬に触れると身体を硬直させるのは、以前のことを思いだしたからだろう。髪をかき上げ左側のこめかみから目じり、頬にかけて何度も唇を落とす。


「…っ、ノア!」

止めてほしいと思っているのに口にしないのは、ノアベルトが何故怒っているか分からないからだ。もっと言えば余計なことを言ってさらに怒りを買うことを恐れているのだ。


(その選択は間違っていないのに、何故あのような行為を許容しようとする!)


耳朶を舐めると、リアは身体を大きく震わせた。


「――やだっ!陛下、やめてください!」

耐えきれなくなったリアは必死で抵抗するが、抱きしめた腕を緩めるつもりはない。


「何故あの者には抵抗しなかった」

「……えっ?」


耳元で囁くと、リアは呆気にとられたように声を漏らして動きを止めた。


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