第20話 籠の中の小鳥 ~ノアベルト~

侍女であるステラがノアベルトに余計な話をすることは、これまでなかった。意を決したような表情で告げられたのは、リアの外出許可だった。


「駄目だ」

もちろん即座に却下した。小鳥を野に離せば戻ってこないのは自明の理だ。一度外の世界を知ってしまったら、自由になることを望むだろう。


「リア様は豪奢な衣装や宝石などに興味を示しませんが、陛下と外出できればさぞお喜びになるかと存じます」


最近のリアは元気がなく、ため息をつくことが増えていた。リア自身は恐らく気づいていないだろう。気づいていれば弱みを見せまいと気丈な振りをする、そういう娘だ。


「気分転換にもなりますし、その、陛下とも打ち解けられるのではないかと。――いえ出過ぎたことを申し訳ございません」

眉を顰めると慌ててステラが深く頭を下げる。


当てこすりでないと分かっていたが、あまり触れられたいことではない。リアを甘やかそうと物を贈っても喜ばれない。好物の菓子も食事も近頃ではあまり進んで食べようとせず、欲しい物を尋ねても断られる。

リアの無邪気な笑顔を見たのは最初に食事を与えた時ぐらいだ。空腹のなか思いがけず得た食事に素直に喜びを示した。とはいえ二度と飢えさせる気はない。


リアにとって働かずただ過ごすことは罪悪感を覚えるらしく、何かを与えても困ったような笑みを浮かべる。

一方でステラには懐いているらしく、飾らない言葉で話しかけ自然な様子で接しているのを見ては腹立たしい気分になる。人間であるリアに敵意を持たず、真摯に使えているからこそ侍女を任せているのだが、あまり懐くようなら考えなければならない。



その日の午後、いつものようにリアの髪を撫でていると小さな溜息が聞こえた。ページを開いているものの、その目はぼんやりとどこか遠くを見ているかのようだった。


「城下に行きたいか?」

外に出すつもりなどなかったのに、ステラとの会話が頭をよぎり気づけばそう尋ねていた。


リアの目が期待に輝くが、すぐに感情を抑えるように無表情になった。視線を彷徨わせ、恐る恐るという風に望みを口にしたリアは不安そうにこちらを窺っている。尋ねておきながら禁じてしまえば、リアは自分の言葉を信用しなくなるだろう。己の浅はかさを悔やんだが、もう遅い。


仕方なく許可を出すと、リアは予想以上に喜んだ。いつもの困ったような笑みではない、心から嬉しそうな笑顔で礼を言うリアを直視できなかった。愛おしさが募ったものの、罪のない少女の自由を奪い閉じ込めているのだと実感させられたからだ。


せめて今回の外出では好きなようにさせてやろう、そう言い聞かせるものの不安は消えず何度も繰り返し約束を求めた。内心鬱陶しく思っているだろうが、いつもより活き活きした様子のリアが愛おしくて苦しい。本当はこんなところにいたくないのだと言われているかのようだった。


「はい、陛下」


何度目かの返答はいつもと同じだったのに、無性に嫌だと思った。敬称で呼ばれることで、線を引かれているようだったし、ステラと同じように会話をして欲しい。

敬称も敬語も不要だと告げると、リアはあっさり了承した。


「ねえノア、まだ出発しないの?」


名前を呼ぶように告げたのは自分なのに、実際にリアの口から名を呼ばれると不安など吹き飛んでしまった。じわりと心が満たされる、そんな気分になった。


(名は重要だとあれほど認識していたはずなのに……)

初めて出会ったとき、リアの存在が増したのは名を知ったからだったのに。リアから呼ばれると心地よく、気安い言葉遣いは今まで感じていた壁がなくなったかのようだった。



初めてみる魔馬にリアは興味津々だった。小柄なリアからすれば、威圧感があり怖がるかもしれないと危惧していたが、問題ないどころか動物の類が好きなのだろう。身を屈めた魔馬を心配する様子からそう見て取れた。嬉しそうに撫でていたはずなのに、突然リアの表情が痛みを堪えるようなものに変わる。


それはほんの一瞬のことで、すぐにリアは表情を取り繕ったが、そのぎこちない笑みで見間違いではないことが分かった。

その原因を取り払ってやりたかったが、触れてほしくない素振りを見せたため黙って馬車に乗った。

楽しみにしていた外出を前に嫌な思いをさせたくはない。


リアは自分の痛みに鈍感なのではないかと思う。直情的なようで冷静ではあるし、場の雰囲気や他人の感情を汲み取ることはできるが、自分に向けられるものについては、どこか投げやりだ。


気になるものの、聞いても答えないだろうし確実に嫌がられるだろうと様子見をしているが、こういう時は踏み込むべきか否か心が揺らぐ。

遠い眼差しで窓の外を見つめるリアを傍に引き寄せたい気持ちをこらえて、ノアベルトはその姿をじっと見つめていた。

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