第18話 向けられる感情
「そろそろ休憩しましょうか?」
いくつかお店を回ってウインドウショッピングを楽しんだあと、ステラから提案があった。
初めての外出は見る物全てが珍しく、すっかり夢中になってしまい、気づけば結構時間が経っていた。
カフェの個室に案内されて、腰を下ろすとじわりと心地よい疲労感が広がった。散策とはいえ、しばらく運動しておらず歩き回ったのだから当然だった。
ずっと繋がれていた手が離れて、魔王がリアの頭を労わるように撫でる。
「疲れただろう。午後は抱きかかえて移動するとしよう」
想像するだけで恥ずかしいが、魔王の過保護具合からして本気だろう。慌ててリアは否定した。
「疲れてない!楽しいから全然大丈夫だから!! ――それよりノアは退屈じゃない?」
リアにとっては珍しくとも、魔王にとっては見慣れた物ばかりだっただろう。ただ見て回るだけなのはきっと退屈だったはずだ。それなのに嫌な素振りを見せず、それどころか店に寄るたびに何かを買い与えようとしてくれていた。
物欲がないわけではないがリアは居候の身でお金を持っていないし、だからといって魔王に買ってもらうのは嫌だった。魔王にしてみれば大した金額でもないし、何か対価を求めるわけではないだろうと分かっていたが、これ以上甘えたくないと思ってしまうのだ。
「全く。リアと一緒にいるだけで楽しい」
髪に口づけを落としながら優しく微笑まれて、顔が熱くなった。
揶揄われているわけではないと分かっているだけ余計に恥ずかしさと居たたまれない気持ちでいっぱいになる。隙あらば甘やかそうとする魔王が見せる愛おしげな表情に、リアは時折ひどく動揺してしまうのだ。
(落ち着け!あれはただの社交辞令——ペットへの過度な愛情表現なだけだから!!)
「これを受け取ってくれれば、嬉しいのだが」
そう言って魔王は小さな包装紙をリアの前に置いた。
開けてみると、細いシルバーのチェーンにアメジストをちりばめたブレスレットが入っていた。
少し前に立ち寄った雑貨屋に置いていたものだと分かったが、可愛いなと思って見ていたのはわずかな時間だ。そんなに物欲しそうな顔をしてしまったのだろうかと思うと、羞恥に再び顔が染まるのを感じる。
「高価な宝石は嫌がるだろうが、これなら気にならないだろう?私の色を身に着けておいて欲しい」
高額な物なら固辞しやすいが、リアの思考を読んだ上に、自分の気に入った物を気づかれないように購入してくれたのだ。控えめな言葉とともに渡されれば、何とも断りづらい。それでも葛藤しているリアに魔王は更に言葉を募る。
「別の物が良ければ、後で買いに行こう。近くに宝飾店があったはず――」
「いらない、これがいい!」
咄嗟に返せば魔王は満足そうに口の端を上げると、リアの手首にブレスレットを付けた。
「――ノア、ありがとう。その、ブレスレットもだけど、連れてきてくれたことも色んなお店に付き合ってくれて、すごく嬉しかった」
喜びを素直に表現すると、魔王は口元を押さえて視線を逸らしている。
(何度か見たことあるけど、もしかして照れているのでは?)
そう考えるとおかしくなって、思わずくすっと笑ってしまった。
「可愛いな。もっと笑って」
笑い声に反応したのか、魔王は嬉しそうに頬を撫でる。
(あ、マズい。何かスイッチ入った!)
距離を取ろうとするも、いつの間にか左手が押さえられていて身動きが取れない。
「今日はずっとリアが笑顔で嬉しい。それが私に向けられるものだったらいいのに…」
反対側の手を取り目を細めて手の甲に口づけを落とす。顔を上げた魔王は嬉しそうな表情が翳り、切実さを帯びたものに変わっている。何か言わなければと思うのに、その眼差しから目が逸らせず、頭が真っ白になった。
戸惑っていると魔王の顔が近づいてきて、リアが思わず息を止めたその時――。
コンコンとドアをノックする音に魔王の動きが止まる。
(今だ!)
本能的にそう感じて魔王の手を振りほどくと、リアはソファーの端へと移動して距離を取る。
「お待たせいたしま――ひっ」
悲鳴を上げかけてしまったものの、トレイを落とさなかった店員を褒めてあげたいとリアは思った。それほどまでに魔王は冷え切った表情で店員を睨んでいる。
「ありがとうございます!そのまま置いていて下さい。ステラ、いる?」
「はい、お嬢様」
部屋の外で控えていたステラがすぐに顔を見せる。
「化粧室に行きたいのだけど」
案内しようとするステラを押しとどめ、代わりにお茶の準備をするよう頼んで部屋を出て行った。本来は店員の仕事だが、あの状態ではまともに入れられると思えない。
一人になったリアは鏡の前で大きく息を吐いた。早く戻らないと心配させるとは分かっていても、ちょっと落ち着く時間が欲しい。左手のブレスレットをそっと撫でる。
魔王はリアに甘く、過保護で優しい。だけど時折見せる昏い瞳や愛情表現が怖いとも思っている。
(本当は分かっている。あの感情はペットに向けるものじゃない)
気づかない振りをしていたけれど、もう向き合わないといけないのだろう。
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