第13話 謁見 ~ノアベルト~

ノアベルトが謁見の間に姿を現すなり、怯えた様子を見せる使者の態度が癇に障った。ひりつくような不機嫌な雰囲気をまとっているのだから当然と言えば当然なのだが――。


(ならば最初から来なければ良い)

書状の内容もまたノアベルトの神経を逆なでするものだった。


曰く、古くから伝わる儀式で誤って召喚してしまったこと、少女に何の罪もなくエメルドで保護したいことなどを飾り付けた言葉で書き連ねてあった。聖女として召喚したことなどおくびにも出さず、あまつさえ哀れな少女に寛大な対応を願いたいと自分たちの行為を完全に棚上げしていた。


(どの口が言うか)


いまさらになってこのような書状を送りつけること自体が厚かましい。恐らく召喚するにあたって使用した呪具が無事なことから、聖女がいまだに生存していることを知ったのだろう。そしてこちらに何の影響も出ていないことを怪しみ、情報を集めるためにリアの身柄を欲している――ともすればリアを利用するために。


いっそこの機会に滅ぼしてしまおうかと本気でそう考えていると、ヨルンからの呼びかけで思考を中断する。聞き流していたが、使者は震えながらも聖女の返還を口にしていたと思い出す。


「断る。命が惜しければとっとと帰れ」

「どうかご慈悲を。此度の事態は我がエメルド国の責任ですが、少女に罪はありません。何卒ご寛恕願いたく存じます」


怯えた様子を見せていたが、覚悟を決めたようにしっかりと要望を告げる。見たところ文官というよりも武官、騎士に属する者だろう。言葉遣いからも教養を感じられ、貴族出身だと推察される。鬱陶しい貴族特有の腹の探り合いや言葉遊びに付き合うつもりはない。


「くどい。私の支配下で起こったことについて、これ以上干渉するつもりならば容赦はしない、と国王に伝えろ。話は以上だ」


念を押すように鋭い視線を向けると、使者はそれ以上言葉を発することはなかった。

その後の対応はヨルンに任せて、執務室ではなく私室に向かう。

リアの元に戻る前に頭を冷やす必要があった。


(甘やかして大切に扱って、ようやく気を許してくれるようになった矢先に……!)

部屋に出る直前の泣き顔が頭に浮かんだ。


リアが元の世界に戻りたいと望んでいることは知っていた。そのために書物を真剣に読み込んでいることも、不安と焦りを抱いていることも——。


使者に会ったからと言って帰る方法が見つかるわけではない。だが召喚した者であればその方法を知っているのではないかと期待するだろう。使者の前でエメルド国に行きたいと口にする可能性はあった。そうすれば外交上厄介なことになるのは明らかで、即座に会わせないと決めた。


何よりも自分以外の者を頼ろうとすることなど許容できない。


リアが面会理由に挙げたいくつかには正当性もあり、これ以上反論できないよう話を逸らしたはずだったのに、リアはあっさり乗り越えてきた。

ほんの一瞬、触れるだけの口づけとはいえリアの意思でなされた行為は嬉しくない訳がなかったが――。


その後の言葉を思い出せば、激しい嫉妬に胸の奥が灼ける。

リアは言ってはいけない言葉を口にした。


『――子供ではないのだからキスぐらいしたことありますよ』


それを聞いた瞬間、汚泥のようにどろりとした昏い感情に支配された。しょせん過去のことだと割り切ることなどできなかった。リアの性格上、嫌いな相手と口づけを交わすことなど絶対にしないだろう。それは過去に想い合った者がいるということで、未だに僅かな好意しか得られていないノアベルトにとって、それ以上知りたくもなかった。


その記憶を上書きしたくて無理やり唇を奪った。苦し気に喘ぐ声も頬を伝う涙も全て無視して、仄暗い欲望を満たすことで頭がいっぱいだった。


「全部手に入れるのは難しいか」

逃げ出さないように鎖を繋いでおきたい。誰の目にも触れないよう部屋に閉じ込めて全てを奪ってしまいたい。


(そうすればリアを私だけの物にできるだろうか……)


二度と笑顔を見せてくれなくても、側に繋ぎ止めることはできる。失うぐらいならそのほうがずっとましだ。

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