第11話 見合った対価

広いダイニングテーブルには美味しそうな料理が所狭しと並んでいる。


「リア、口を開けて」

「…………」


8人掛けのダイニングテーブルに隣同士で座り、先ほどからリアは魔王から食事を食べさせられている。


自分で食べられると言っても取り合ってもらえず、抗議のため口を開けば食べ物を口に入れられて咀嚼するしかない。無言で睨んでいると気に入らないと思ったのか、別の食べ物を差し出される。勝手に食べようとしても、カトラリーはなく手に取って食べられるパン類は手の届く範囲にない。


「パンが食べたいのか?」

目ざとくリアの視線に気づいた魔王が声を掛けると、ステラがノアベルトの皿にパンを置く。


(ステラ!そっちじゃない!)

主の命令に逆らえないのは承知しているがつい心の中で文句を言ってしまう。


一口大にちぎったパンが口元に差し出される。魔王の瞳にはどこか期待するような色が宿っており、諦めて口を開き咀嚼する。

まるで自分が鳥の雛にでもなった気分だ。料理はどれも美味しいのに、常に観察されているのは落ち着かない。それでも食事をきちんと与えられるのだから文句はいえる立場でないことも分かっている。


リアはパンと一緒に何度目かのため息を飲み込んだ。



「リアの仕事は私の側にいることだ」

「……具体的には何をすれば良いのでしょうか」


食後のお茶を飲みながら、あっさり告げられた魔王の言葉にリアは不信感をにじませながら訊ねた。昨日は信用したものの、今日も大丈夫だという保証はどこにもないのだ。


「欲しいものがあれば何でも用意するから、好きに過ごしていい。ただし私の目の届く範囲で」


何もしないことが仕事だというのは余計な騒ぎを起こすなという意味だろうか。それなら部屋に閉じ込めておけばいいだけで、わざわざ付け加えられた後半のセリフもどことなく怪しい。常に見張られるストレスはあれど、何もせずに衣食住が与えられるなんてそんなな甘い話があるわけないのだ。


「ちなみに別の仕事とか――」

「駄目だ」

即答だった。


「危険な目にあったのに、どうしてそんなに働こうとする?……私の側にいるのがそんなに嫌なのか?」


(怖っ!)


眇められた目に剣呑な光が宿る。内心の怯えを悟られぬよう、リアは背筋を伸ばして魔王の目を見ながら伝える。


「衣食住の保証をして頂けるのなら、それに見合った対価を払いたいだけです」

「ふむ。……ならば休憩の合間に、髪を触らせてほしい」


正直微妙なラインだった。他の部分だったら絶対断るけど、髪ぐらいならいいかともうっかり思ってしまったのだ。


(既に結構触られているしな……)

結局髪だけならと了承することにした。




そうして異世界に来て一ヶ月ほど経ち、リアはいつものように執務室のソファーで本を読んでいた。退屈しのぎにと与えられた書物のおかげでこの世界のことを学ぶことができた。一つ一つの文字はアルファベットのような文字で意味をなさないが、読めば不思議と意味が理解できる。文字を読むことが出来たのは幸いだった。最初は歴史書や伝承などの書物を、最近はそれ以外の物語や紀行文などを読むようになった。


「リア、休憩の時間だ」

本を閉じて向きを変えると、背後から優しい手つきで髪を梳かれる。


(随分慣れてしまったけど、これはいいのか?)


約束したとおり魔王はリアの髪にしか触れない。時折耳や頬に手が触れてしまうことはあるけど、そんな時はきちんと謝ってくれる。その誠実な対応にリアは必要以上に警戒することを止めた。


ちらりと視線を向ければ、最初の頃よりもずっと和らいだ瞳と僅かに上がった口の端で機嫌が良いのだと分かる。


「どうした? 体調でも悪いのか?」

溜息をつきかけて堪えたものの、魔王にはあっさりバレてしまう。


「……何でもありません」

「ハーブティーを用意させよう、それからリアの好きなタルトも。他に欲しい物はないか?」


(ペット枠だといえ甘やかしすぎじゃないか?)


とことん甘やかされすぎて駄目になってしまいそうだと怖くなる。元の世界に帰る手がかりすらなく、この世界で生きていくしかないのだろうと心の底では思っている。魔王の気まぐれもいつまで持つか分からないのだから、生活のための手段や方法を身に付けたほうがいい。


(陛下は危険だからと働くことを許してくれない。今は珍しくて傍に置いているけど、飽きればきっと放り出される――処分されない限り)


本を通して得た知識によると、この世界は産業革命以前のヨーロッパぐらいの生活環境のようだ。身元不詳な自分がまともな仕事に就くことができるのか、考えれば考えるほど自信がなくなってくる。そんな堂々巡りの思考から逃げ出すため、架空の物語などに手を伸ばしてしまっていた。

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