第10話 お世話係

見覚えのない天井をぼんやり見つめる。


「やっぱり夢じゃないか…」

そう呟いてリアはベッドから身体を起こす。昨日もこれが現実である自覚はあったが、淡い期待がなかったわけではない。


カーテンの隙間からは薄い光が差し込んでいる。元の世界と同じならまだ朝の早い時間だろう。ゆっくり眠ったおかげで体の疲れは取れた。


(これからのことを考えないと……)


できることならば元の世界に戻りたい。正直その可能性はかなり低いと思っているが、何もしないうちから諦めたくなかった。

魔王の役に立つ手段についても考えておかなければならない。昨日は失敗続きだったから、何とか挽回する必要がある。あれは本当に殺されていても文句が言えなかったと冷静になって思う。

死にたくないと思いながら、この衝撃的な状況に若干自棄になっていたようだ。


「それから陛下についてだな」


最初はあっさり処分しようとしていたくせに、何だかんだリアに対して寛大な様子を見せる。何を考えているか分からないため、余計に不安なのだ。


(あんな顔して小動物や子供好きとか定番だけど、一番あり得るのかな)


まだ情報が少ない中で判断はできない。彼の不興を買えばリアの命など簡単にどうにでもなるのだから、魔王の情報収集が最優先事項だ。


方向性が決まったところで、お腹がくぅと鳴った。


「……お腹空いた」

声を漏らした直後にノックの音がして思わずビクッとする。


(盗聴とか、されてないよな?)

恐る恐る返事をすると栗色の髪にスタイルの良い美女が入ってきた。


「おはようございます。リア様のお世話係に任命されたステラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


丁寧に礼をされるが、感情を窺わせない顔でリアと目を合わせることもない。まずは湯浴みを、と促されて付いていく。


「えっ!?ステラ、様?自分でできます!」

「ステラ、と呼び捨ててください。これは私の仕事です、リア様」


抵抗するも服を脱がされ、そのままお風呂に入れられ体の隅々までしっかり洗われた。男相手なら抵抗するが女性相手には強く出られない。


「……これ、着るんですか」

準備された洋服を見て、リアは思わず嫌そうな声を出してしまった。


品のある薄紅色のシフォンワンピースに細やかな刺繍が施されている。とても素敵だと思うが、働くのに適した格好ではない。


「ご希望でしたらお好みの服を作らせますが、本日のところはこちらでご容赦ください」

「そういう意味では――すみません」


準備した服にケチをつける我儘な娘だと思われただろうか。仮面をつけたかのようにステラの表情は変わらない。


「陛下が朝食をご一緒にとご所望です。ご案内いたします」

さっさと扉の方向に向かおうとするステラにリアは声を掛けた。嫌な思いをさせてしまったのなら、きちんと言葉にするべきだ。


「ステラ、さっきはごめんなさい。素敵な服を準備してくれてありがとう」

振り向いたステラの顔は驚いたように目を丸くして――リアに勢いよく抱き着いてきた。


「もう、リア様ったら可愛すぎです!!」

「ひゃっ?!」


かわいいと繰り返しながらリアを抱きしめるステラは別人かと思うぐらい、満面の笑みを浮かべている。そのギャップにリアは唖然として、心の中で絶叫した。


(いやさっきまでの何だったんだー!!)


「ステラ、離れろ」

冷ややかな声にステラははっとした表情を浮かべて、リアを解放した。


「おいで」

リアに向かって手を伸ばす魔王の側に行くと、そのまま背後に隠された。


「必要以上にリアに触れるなら、相応の覚悟をしておけ」

「も、申し訳ございません!」


決して声を荒げているわけではないのに、不穏な雰囲気が恐ろしい。


「陛下、ステラはただ褒めてくれただけです」


すっかり怯えた様子のステラを見て、思わずリアは声を掛けた。

振り返った魔王は無表情であるものの、揺れる瞳には感情をともしていた。


「だが、リアは触れられるのが嫌だろう」

事あるごとに触れるなと噛みついていたのだから、気を遣ってくれたらしい。


「ステラなら大丈夫です」

「っ、……何故だ」

「え?だって同性ですし」


魔王何故か衝撃を受けたように口元を手で覆い、目を瞠っている。


「――女性、ですよね」

自分の認識が間違っているのかとステラに確認を取ると、首肯が返ってきた。


「ステラは良くて私は駄目なのか…」

ぼそりと呟く声とともに紫水晶の瞳は翳りを帯びてくる。


「リア様、陛下に抱きついてあげてください」

「は、何で?嫌だよ」


小声でとんでもないことを囁くステラをばっさり切り捨てる。この短い時間の中で何となく彼女の性格が分かってきた。提案を却下したもののこの微妙な空気を放置するのもマズイ気がする。


「陛下、朝食の時間なのですよね?空腹で倒れそうです」

無邪気を装ってそう告げてみれば、魔王の顔色が変わった。


「すぐに準備させよう。リア、少しだけ我慢してくれ」


(あ、これは――)

案の定魔王は素早くリアを抱きあげると、朝食会場へと足を向けた。

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