第6話 騒動

間違ったことをしたつもりはないから、そのこと自体は後悔していない。だけど雇用主、もっといえば王様相手にやらかした感はある。

冷静に伝えれば不興を買うこともなく、止めてくれた可能性だってあるし、そもそも魔族と人間なのだから文化や考え方が違うことだって大いにあり得るのだ。


(……やっぱり処刑、されるかな)

そう考えると気分がぐっと重くなる。


その可能性は決して低くないと分かっていても、逃げる場所などないのだ。結局片付けを命じられた部屋に戻って、黙々と作業を行っている。


「おいお前、見かけない顔だがそんなところで何をしている」


声のしたほうに顔を向けると男性が2人、扉の前に立っていた。長身で細身の男と背が低くがっしりした男と対照的だ。服装や腰に下げられた剣から推測するに見回りの兵士か何かだろう。


「今日から雇われて、この部屋の掃除するよう言われています」


これ以上の厄介事はご免だし、一人になりたい。

短く答えて作業に戻ろうとするも、男たちは立ち去る様子を見せない。


「そんな話聞いたか?」

「わざわざこんな部屋の片付けとか、必要ないんじゃ…」


「おい、誰の紹介だ」

小柄な男に問われ魔王の顔が浮かんだが、正直に答えていいか分からない。


その沈黙がますます疑惑を深めたようで、男達との距離が近くなる。

疚しいことはないのだと証明するようにまっすぐに相手の眼を見つめたのだが、すぐに失敗したと分かった。

生意気だと思われたのか、長身の男の眼には嗜虐的な光が宿っていた。


「こんな場所で働かされてるんだ。どうせ下働きの関係者だろう」


魔王だと答えれば彼らもすぐにはリアに危害を加えないだろう。

だけどリアはそれを口にしたくなかった。


足を踏んで暴言を吐いたのはつい先ほどのこと。それなのに都合の良い時だけその身分を利用するような真似はしたくない。それに今はバレていないようだが、彼らと敵対関係にある人間を気まぐれとはいえ、雇うことにした魔王のことを彼らはどう思うだろうか。

気に入らないとは思うものの、リアにチャンスをくれた魔王に不利益になるようなことはしたくない。


「念のため外を見張っとけ」

「止めとけよ、まだ子供だろう」


一応宥める素振りを見せながらも、本気で止める気はないことは軽い口調で分かった。


(本当に面倒……でもまとめておいて良かった)


リアの行動は早かった。まずはそばにあった大きめの壺を思い切り男に向かって投げつけた。陶器が割れる耳障りな音が響く。


「お前っ、何して――」

慌てて止めようとする男から距離を取りながらも、手近な物の中から割れやすい物や重い物をつかみ、男たちの方にも投げつけていく。


「頭おかしいんじゃねえか!陛下の居城でこんなことして、処刑されたいのか」

「はっ!処刑されるならお前らも同罪だ!子供を襲おうとして騒ぎを起こす者など不要では?!」


投げつけた机上のオルゴールは男の頭をかすめ、甲高い音を立てて壁にぶつかった。


「このガキが!大人しくしてれば痛い目見ずに済んだものを!」

怒りに顔をゆがめた男がリアに向かって突進してくる。そばにあるガラスの欠片に躊躇することなく手を伸ばした時――。


「何の騒ぎだ」


冷ややかな声音に男たちは身体を強張らせた。

声のした方向に視線を向けると、不快感を露わにしたヨルンが扉の前で仁王立ちしている。


「ヨルン様!その、この娘が、不審な動きを――」

「そうです!急に暴れだしたので、宥めようとしていたところです」


男たちが口々に弁明するのを一瞥し、ヨルンはリアに視線を向ける。


「申し訳ございません」


騒ぎを起こして他者が介入する可能性に賭けて、それは一応成功した。リアの行為が咎められる可能性は高いが、男たちの下種な欲求を満たすよりずっといい。助かるためとはいえ物を壊したことはリアの責任だから謝罪は必要だ。


そんなリアを見てヨルンは面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「付いてこい。お前らはここを片付けておけ」

前半のセリフは自分に向けられたものだと理解したリアは、憎々しげな男たちの視線に気づかない振りをしてヨルンの後に続いた。


到着したのは先ほど逃げ出した部屋の前で、元々リアを連れてくるよう魔王に言われたのかもしれないと思い至った。

扉を開ける前にヨルンはリアを振り返って尋ねた。


「どうして黙っていた」

「何のことですか?」


「あんな騒ぎを起こさずとも、陛下の庇護下にあると言えば真偽はともかく奴らはお前に手出ししなかった」

その言葉でヨルンがあの状況を正しく理解していたことを悟った。


「……どこから聞いていたんですか」

「俺はお前が気に入らない。だが陛下を利用しなかったことだけは、褒めてやる。ここにいるつもりなら陛下の命令は絶対だということを忘れるなよ」


リアの質問には答えず、言いたいことだけ言ってしまうとドアを開けてリアを室内に促した。

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