第4話 給餌行為
しばらくして魔王は何かを思い出したかのように、手を止めて窓辺におかれた皿を差し出した。
「食事だ」
美味しそうなサンドイッチを見て空腹を思い出す。学食でお昼を摂って以来、何も食べてなかったのだ。
「ありがとうございます。いただきます」
手を伸ばしかけて、汚れた指先に気づいたリアは掃除の途中だったことを思い出す。
さすがに不衛生すぎるため、手を洗いに行こうと身体を浮かしかけるが、それよりも早くリアの口元にサンドイッチが差し出された。
「………」
(えっと、このまま食べろということなのか?)
犬や猫ではないのだから、それはちょっと嫌だ。リアが逡巡していると唇に触れんばかりに近づけて来た。断ると角が立つかもしれないと思ったリアは若干躊躇しつつも、パンにかじりつく。
「んんっ、美味しい!」
しっとり柔らかいパン生地にコクのある卵と香辛料のせいか、普段食べている卵サンドよりも好きな味だった。
思わず感想を漏らせば、ノアベルトは微かに頷いて残りのサンドイッチをリアの口元に寄せる。一度経験してしまえば食べさせられることに抵抗も和らぎ、結局リアは美味しく完食した。
「ごちそうさまでした……」
食べさせてくれたお礼も伝えるべきか一瞬迷う。食べさせてほしいと言ったわけでもないし、魔王の意図が読めなかったからだ。
「えっと……?」
逡巡していると、魔王は再び無言でリアの頭を撫で始めた。優しい手つきなのだが、表情との落差が激し過ぎて混乱する。
(何でー!?)
動揺しながらも理由は一旦おいておくことにした。そんなことは後で考えればよいのだし、これをやめさせることのほうが精神衛生上いいに決まっている。
「あの、すみません。掃除していて汚れているから触らないほうがいいと思います」
そう言って今度は頭をぶつけないよう気を付けながら慎重に身を引く。
「分かった」
「……!?」
話が通じたと喜びかけたのも束の間、魔王は軽々とリアを抱え上げて部屋から出て行こうとする。
「な、何してるんですかー!?ちょっと下ろして!」
リアの抗議などまったく耳に入らないかのように魔王は歩みを止めない。
雇い主の行動が読めなさ過ぎて、どんどん不安になってくる。せめてヨルンのように攻撃的な態度や不機嫌そうな顔をしてくれれば、まだ文句のいいようがあるのだが、魔王の行動は自分にとって良いものか悪いものなのか分からないので対応の仕方に迷ってしまうのだ。
そうして連れていかれた先は浴室だった。
「湯浴みしろ」
そう言ってリアを下ろすと、魔王は浴室を後にした。
「……全く行動が読めない」
溜息をついて洗面台の鏡に映る自分を見る。
頬っぺたや鼻の頭がうっすら汚れている。汗もかいたしお風呂に入れるのは正直嬉しいが、見知らぬ場所で裸になるのには若干抵抗があった。
(だけど、そういう感じではない気がする)
外見だけ見れば小柄で可憐そうと言われるリアはその手の変態に大層受けがいい。子供の頃からそういう輩に狙われることも多かったので、自分に向けられる欲には敏感だった。
気性の激しさと口の悪さはリアがいつの間にか身に付けた処世術でもある。このギャップにより勝手に描いたイメージが崩されるのか、撃退するのが容易になったので今ではすっり定着している。
髪の毛とはいえ魔王に触れられて激高しなかったのは、そういう欲望を感じなかったからでもある。雇い主であるということを差し引いても、身の危険を感じなかったから抗議はしつつもリアなりに大人しくしておいたのだ。
「まあ、いっか」
切り替えが早いのはリアの特技だ。
(次はいつ入れるか分からないのだし、有難く使わせてもらうか)
一応ドアの方を気にしながら、リアは手早く服を脱ぎ、汚れを落とすことに専念した。
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