第2話 雇用希望
フェイナン大陸には二つの大きな国が存在する。
人が治めるエメルド国と魔物の王国イスビル。
鬱蒼とした森や暗がりを好む魔物と平地や開放的な海沿いに住まう人と生活エリアは異なるが、二つの大国以外は明確な線引きなどない。小さな諍いは日常茶飯事だが、国を挙げての戦争は過去にも数度だけ。一度始まればお互い被害が甚大になることは過去の経験から明らかなため、契機がなければどちらも行動に移すわけにもいかず膠着状態が続いている。
そしてその契機の一つとなっているのが、聖女の存在だった。
およそ1,200年前、人間が滅びかけたことがあった。当時は魔物と人間との戦力の差が著しく大きく種の存続すら危ぶまれたころ、その戦局を覆したのが一人の魔導士が召喚した少女の存在である。
少女は不思議な力を持っており、魔導士や勇者とともに戦い魔物側に大きな打撃を与え互いに痛み分けの状況にまで持ち込んだ。
人々の希望となった少女は聖女と崇められ、以降聖女の召還は国の存続をかけた重要な儀式となる。しかし、のちに聖魔導士の称号を得た聖女を召喚した魔導士と同じぐらいの力量の魔導士は少なく、膨大な魔術を要するため成功率は低かった。また特別な力を持つ聖女が現れなくなり——そしてこの200年ほどの間、聖女は魔王城に直接召喚されるようになったのだ。
「何それ、おかしくない?」
黙って聞いていたリアは思わず突っ込んだ。
訳も分からず敵地に召喚されて、どうしろというのだろう。無責任にも程がある。
「――さあな。苦労して召喚した聖女が、何の力を持たない人間だと分かれば召喚者の無能さが露呈するからなのか、そのまま陛下を害そうなどと愚かな妄想を抱いているのかは知らんがな」
「それって生贄みたいなものじゃないか!」
一旦収まった怒りが再びぶり返しそうになる。
「力があれば生き残るだろう」
淡々とした口調だが、魔王から返答があったことに少しだけ希望が湧く。
「ふーん、ところで私にその力ってあるの?」
何気ない口調で魔王に尋ねてみる。
「人間風情が陛下に直接声を掛けるな! 大体あってもそんなこと教えるか!」
(その反応だとないんだろうな。そっか、良かった)
噛みつくようなヨルンの言葉を聞き流すと、魔王に向きなおる。
「私の意思ではないとはいえ、勝手に侵入したことはお詫びします。申し訳ございません」
言葉遣いを変え深く頭を下げる。
不審そうな表情を浮かべたものの、謝罪の言葉を口にしたからかヨルンから制止の声は上がらなかった。
「陛下、どうかわたしをここで雇ってもらえませんか?」
「お前は今までの話を聞いていたのか?!」
ヨルンの反応は分かりやすいが、魔王の表情は変わらない。それでもわずかに目を眇めた。怪しんでいるのか、怒っているのか分からない。魔王を害する存在として召喚されたのだから断られる可能性は非常に高い。だがそれでもこの願いが聞き届けられなければ、恐らく自分は処分される。
(そんなに簡単に諦めてたまるか!)
「こちらの世界と勝手が違うかも知れませんが、できることからやります。向こうの世界でも働いていましたし、勤務評価も上々でした」
「何を、世迷いごとを!」
「小娘一人雇えないぐらい、財政厳しかったりします?」
一瞬だけ視線をヨルンに向ける。反論してくれるうちは、可能性はゼロではない。
「――人間なんか雇えるか!!」
「でも私は異世界から来た人間です。役に立つかどうか分からないうちに殺すのは勿体なくないですか?」
「人でありながら魔物に味方するか」
変わらぬ平坦な口調ながら、わずかに上がった語尾で質問されたのだと分かった。
「人間ですが、この世界の人たちの役に立とうとは思いません。勝手に召喚された挙句、使い捨ての駒扱いされてそんな義理などありません。――私に陛下の役に立つ機会をください」
(死は不合理だというけれど、こんな風に殺されるのは絶対に嫌だ。召喚などという理不尽な方法で、あろうことか聖女だからという理由で殺されるなんて絶対に認めない!!)
感情の読めない瞳に不安を覚えつつ、視線を逸らさず魔王の言葉を待つ。
「――名は」
「……リア、です」
「役に立ってみせろ」
「――っ、ありがとうございます!」
許可されたのだと理解するのが一瞬遅れた。お礼を伝えた時には魔王は既に扉の外に消えていた。
背後からは重く深い溜息が聞こえた。
(まあ気持ちは分かるよ。――だけど私も死にたくないので)
「ヨルン様、よろしくお願いいたします!」
「お前、声と言い態度といいさっきと違いすぎだろう…。本性バレてんだから止めろ」
にっこり笑顔で元気よく挨拶すると、ヨルンは心底嫌そうな顔を浮かべる。
「プライベートと仕事は分けるタイプなので。公私混同は良くないですから」
陛下の許可が下りたのだから、どんなに嫌っていても仕事をさせない訳にはいかないだろう。私情持ち込むなよ、と笑顔で釘を差す。
しっかりその意味が伝わったらしく、苦虫を噛み潰したような表情でヨルンは嘆息した。
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