ヤンデレ魔王は短気な聖女を溺愛したい
浅海 景
第1話 日常の終わり
いつもと変わらぬ日常のはずだった。大学の授業の後にバイトを終えて家に帰る、何度も繰り返してきた日々。
「――リア!!!」
悲鳴のような友人の声が耳障りなブレーキ音にかき消され、ヘッドライトの光に目が眩んだ。
(あ、死ぬな)
真っ白になった頭の中で冷静にそう思った。
眩しさに思わず閉じた瞼の裏には、勢いよく自分の方向に向かってくる2tトラックの姿があった。
強い衝撃を感じたものの、覚悟していたような痛みが一向にやってこない。
違和感を覚えて目を開けると、くらりと眩暈がした。
「…………っ!」
目の前に広がる深紅色が血液のようで一瞬身体が強張るが、よく見ればそれは部屋に敷き詰められた絨毯で―――。
「え?何で??」
気づけば知らない場所に倒れ込んでいた。
車に轢かれそうになっていたはずなのにどういうことなのだろうか。混乱しながらも身体を起こすと、薄暗い室内にいることが分かった。
「これは、夢なのかな」
思ったことを口に出すと僅かに掠れた自分の声で、この状況が急激に現実味を帯びてくる。
夢のような不可解な状況なのに、そうでないと思いしらされたのはその直後だ。
状況の異常さに気を取られていたから、周囲への注意力が散漫になっていた。
「――またか」
低い囁きのような声がはっきり耳に届いた。
驚いて周りを見渡すと少し離れた場所に一人の男性が立っていた。
薄暗い室内でもはっきりと分かる鋭い目つきと僅かにひそめられた眉に、男の不機嫌さが見て取れた。恐ろしいほどに整った顔立ちは雰囲気と相まって男の酷薄さを示しているようだ。怯みそうになる自分を叱咤して、男性に話しかけることにした。先ほどの一言で彼がこの状況を理解していることが分かったからだ。
「あの、ここはどこですか?」
申し訳そうな顔をして丁寧に尋ねてみたが、彼は無言のまま視線を扉の方に向ける。
(無視かよ!)
天然パーマでふわふわとしたセミロングの髪型と中学生と間違えられるほど童顔な
内心がっかりしていると近づいてくる足音が聞こえ、勢いよく扉が開かれた。
「陛下!」
「――遅い」
「――っ、申し訳ございません、陛下」
膝をつき、ひれ伏せんばかりに頭を下げる金髪の男性の言葉にひやりとする。
(陛下って王様のことか? そんな偉い人がいる場所ってどこ? っていうかどういう状況なんだよ、これは?!)
訳の分からない状況と無視され続けた状態に、困惑がだんだん苛立ちに変わってくる。
「ヨルン、これを処分しておけ」
陛下と呼ばれた男は、用が済んだとばかりに背を向ける。反射的に追いかけようと一歩踏み出しところで、右腕を強く掴まれた。
「痛っ!? 離してよ!」
金髪の男性——ヨルンは不快そうな視線を向ける。
「うるさい。陛下の御前を汚すわけにはいかないからな。さっさと来い、小娘」
小娘呼ばわりにカチンときた。コンプレックスを刺激する容姿に関する言葉は禁句なのだ。
「あ゛? 誰が小娘だ、気安く触ってんじゃねえよ!」
一転して低い声音と粗雑な言葉づかいに変えると、ヨルンは唖然とした表情を浮かべる。その隙を見逃さず、掴まれた手を乱暴に振りほどくと鬱憤を晴らすかのように声高に告げる。
「さっきから黙って聞いてりゃ随分勝手なこと言ってくれるよな。この意味不明な状況にこっちもかなり苛ついてんだけど!理由も言わずに一方的に処分とか、都合が悪いことでもあるみたいだな。なるほど、この元凶はお前らか!」
半ばこじつけのようなセリフにヨルンの顔は朱に染まる。
「よくもそんな恥知らずなことを!元凶はお前らのほうだろう!」
「はぁ?……お前ら?」
周囲を見渡しても他に人の姿は見当たらず、純粋な疑問に首を傾げる。
「ヨルン、説明してやれ」
こちらの様子を観察するように見つめていた男が、淡々とした冷たい声で告げる。
感情の伺えぬ顔は先ほどと全く変わらないが、ほんの僅かだが態度が変わったような気がした。渋々といった様子でヨルンは説明を始めたが、それは想像を超えるとんでもない話であった。
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