17 文化祭

 とうとう文化祭が迫ってきた。

 あたしはアイリと、体験コーナーの導線やルールを何度も確認した。

 展示コーナーの方も、新しい模造紙を使って生物調査マップを作り直し、設営はもう終えていた。

 ついに意を決したあたしは、それとなく他のメンバーを誘導し、ミレイと二人きりで下校できるようにした。


「なんか、こうして二人で話すの久しぶりだね?」


 冷たい秋風が、ミレイのやわらかな髪を梳きほぐしていた。ふわりと石鹸の香りが舞った。あたしは心臓をバクバクさせながら、彼女に語りだした。


「その、さ。アイリとは、何でもないからね? 役割が一緒だから、過ごす時間が長くなっただけで」

「えっと、何のことかな?」


 ミレイは本当にまるで分かっていない顔をしていた。


「ほら、あたしがアイリのことを好きだっていう……」

「ああ、あれはクラスのみんなが勝手に言ってる噂でしょう?」


 ふふっ、といつも通りの笑顔を見せたミレイは、ペラペラと喋り始めた。


「なんか、おかしいよね。部室が欲しいだけで集まった六人なのに、勝手に色々噂されてさ。なんでも、理科部には美少女しか入れない、だなんて噂もあるらしいよ? みんな勝手だよねぇ」


 誤解は解けたのか解けていないのか。それとも最初から誤解なんてしていなかったのか。何もかもが分からなくなった。なのであたしは、ミレイの話題に乗った。


「美少女しか入れない? ここに凡人が一人居るんだけどな」

「ケイカちゃんだって美少女でしょう?」

「おい、自分は美少女だって自覚して言ってるのか?」

「えへっ、バレた?」


 ミレイはパチンとウインクをした。それだけで腰が砕けそうになってしまったのだが、今は下校途中の道のど真ん中。へたり込むわけにはいかず、あたしは踏ん張った。


「美形だって自覚してる美形、マジでタチ悪いな?」

「ケイカちゃんったら、ひどーい。自覚してないよりマシだと思うよ?」

「だから、あたしは凡人だってば」


 なんだか、今まで通りのやりとりができている気がしてきた。あたしはシホのことを思い出した。そうだ、彼女が騎士としてハイネに寄り添うように、あたしだってただの「葉っぱコンビ」として彼女に接すれば良いのだ。

 この想いは、伝えない。

 そう決めると、一気に肩の力が抜けてきた。




 文化祭当日、スライム作りの体験コーナーは大盛況だった。子供だけではない。男子共がわらわら集まってきたのである。お目当てはおそらく、理科部の美少女たちだ。


「どうしよう、チサトちゃん! さばけなくなってきた!」


 あたしが助けを求めると、頼れる顧問はこう言った。


「急いで整理券を作ろうか? 余ってる画用紙とかある? あとね、高倉先生って呼びなさい!」

「はーい! 先生、ありがとう!」


 あたしとアイリは、大慌てで画用紙を細かく切り、番号を書いていった。まさか、こんなことになるだなんて、思いもしなかった。


「あれが青葉さんだよ」

「へー、めちゃくちゃ可愛いな」


 どうやら他校の男子までもが、ミレイ目当てで来ているらしい。あたしは理科部唯一の凡人として、整理券配りに奮闘した。

 生物調査マップの方は、教師陣に好評だった。写真と文章の内容は丸っきり過去の模造紙を流用しているのだが、どうやらバレていないらしい。字は新しくミレイが書いていた。彼女らしい、繊細で美しい字だ。


「はぁ、疲れた……!」


 終始バタバタとしていた文化祭。余裕があれば、他の模擬店でも見にいこうか、だなんてミレイと話していたのに、それは叶わなかった。


「よっ、お疲れ」


 片付けを終え、パイプ椅子でぐったりしていると、アイリがスポーツドリンクのペットボトルを差し出しながら、あたしに声をかけてくれた。


「アイリもお疲れ」

「予想外に忙しかったね」


 あたしはスポーツドリンクをごくごくと飲み、ぷはぁと息を吐き出した。

 他の四人はゴミ出しに行っていたため、部室にはあたしとアイリの二人だけだった。彼女は悪戯っぽく笑いながらこう囁いてきた。


「ナデナデ、してあげよっか」

「いや、いいよ」

「遠慮するなって」


 あたしが手でアイリを制しようとしたが、無駄なあがきだった。彼女はするりと手を滑らせ、あたしの頭を撫でてきた。


「もう、くすぐったいって!」

「いいじゃない、別に」


 ガチャリ、と音がして、部室のドアが開いた。開けたのは、ヒロミだった。


「ああー! ちょっとちょっと! 何してんのさ二人とも!」


 ヒロミの後ろには、ミレイが立っていて、ぽかんと口を開けていた。


「えっと……お邪魔しちゃった?」


 そんなことまでミレイは言ってきた。ヒロミはアイリに食ってかかっている。


「いや、これは別にそういうわけじゃ……」


 あたしの言葉を最後まで聞かず、ミレイは立ち去ってしまった。アイリの方を見ると、しょぼくれた表情をしていた。


「ごめん、無神経だった……」

「あれ、ミレイ? ミレイどっか行っちゃった?」


 ヒロミがきょろきょろと辺りを見回した。そうしている内に、ハイネとシホも戻ってきた。


「ねえ、どうしたの? ミレイが泣きそうな顔して走って行ったよ?」


 ハイネによると、そういうことらしい。

 あたしはミレイの行きそうな場所を目掛け、駆け出して行った。

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