16 誤解

 十一月に入り、文化祭準備は本格化してきた。あたしとアイリは、自然と二人きりで活動するようになった。もちろんヒロミには強烈に妬かれた。


「どうしよう、ケイカにアイリのこと取られちゃうよー!」


 そんなことを二組のクラスでヒロミが言ったらしく、今度は「一組の葉っぱコンビと二組のバカップルが対立」という噂が立った。三組の姫と騎士のやつも引き続いていたため、外野は騒がしかった。そんなあたしを慰めてくれたのはシホだった。


「なんか、大変なことになったな?」

「そうなんだよー」


 シホのバイト先であるコンビニの近くの公園。彼女のバイト終わりを待って、あたしは相談を聞いてもらっていた。


「なんかさ、あたしが理科部のメンバーを全員手籠めにしようとしてる、みたいな感じになってるよね?」

「そうだな。まあ、放っておけばいいさ」

「そうしたいけど、そうできないんだよねぇ」


 シホがコンビニから持ってきてくれた、紙カップのホットコーヒーにあたしは口をつけた。こうして彼女と二人きりで話すのは、そういえば初めてのことだった。


「シホはさ、そういうの気にならないの?」

「うーん、慣れた」

「なるほど……」


 あのハイネとずっと一緒に過ごしてきたのだ。彼女の経験値はとても高かった。


「それに、悪いことでもないさ。他の奴らがギャーギャー言ってても、本人同士が平穏ならね」

「うん……」

「まあ、ケイカとミレイの間はもう、平穏じゃなくなってきたか」

「えっ!?」


 どうやらシホにまで、ミレイとの間のことについて気付かれていたらしい。あたしはそんなに態度に出るタチなのだろうか。それとも彼女が鋭いのか。その両方か。


「ミレイが言ってたぞ。最近、ケイカがよそよそしいって」

「そっか」


 いたたまれなくなってきたあたしは、とうとうシホにも本当のことを告げた。


「ミレイのこと、好きになっちゃった」

「そういうわけか」


 シホもコーヒーを飲み、それから小さな声で語りだした。


「私も実は、ハイネのことが好きだ。恋愛対象としてな」


 驚いたあたしがシホの顔を見つめると、彼女は照れくさそうに目を伏せた。


「でも、ハイネはきっと理解しない。だから、このまま姫と騎士として、関係を続けていくつもりだ」

「……辛くないの?」

「ケイカこそ」


 シホは真っ直ぐにあたしの瞳を貫いてきた。こんなに真剣な眼差しをされては、正直にならざるを得ない。


「ぶっちゃけ、辛い。ミレイが好きだって気付いてから、どうしたらいいか分かんなくなっちゃった」

「私と違って、ケイカはその辺りは不器用だもんな。いっそ、打ち明けてしまえばいい。そうすれば、ミレイの誤解も解けるだろう」

「誤解?」


 誤解とは、一体何のことだろう。シホは説明してくれた。


「ミレイはな、アイリに嫉妬しているんだ。きっと、無自覚だろうけどな」

「えっ!?」


 あたしは紙カップを落としそうになった。なぜそんな事態になっているのか。


「この前ミレイが、アイリみたいになりたいだなんて言っていたんだ。背が低くなりたいって」

「そんなことを?」

「ああ。ハイネもそこに居たから、場がゴチャゴチャしてうやむやになったけどな」


 ミレイはどんな気持ちで、そんなことを言ったのだろう? それはきっと、本人も分かっていないかもしれない。シホはあたしの肩をポンと叩いた。


「とにかくまあ、文化祭頑張ろうな。これは、理科部としての使命だ」

「そうだね。チサトちゃんの顔を潰すわけにはいかない」


 チサトちゃんとは、文化祭当日の動きについても打合せ済みだ。顧問として、スライム作りの体験コーナーを手伝ってくれることになっていた。


「アイリとの誤解は、文化祭が始まる前に必ず解くよ」


 あたしはそうシホに宣言した。


「それは、想いを伝えるってこと?」

「ううん、違う。想いは……伝えない。アイリのことは何でもないって、それだけは確認しておきたい」

「わかった。何かあったら、また相談聞くから」


 心強いシホの言葉に、あたしの胸は暖かくなった。

 シホ、それに他のメンバーも。理科部に誘って良かった。このとき本当に、素直な気持ちでそう思った。

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