15 自覚

 花火大会が終わってから、あたしは誰とも会うことなくダラダラとした夏休みを満喫した。ミレイから何度か誘いが来たが、全て断った。

 だって、ミレイへの恋心を自覚してしまったのだ。どうして二人きりで会うことなどできようか?

 あたしは新学期を迎えるのが不安だった。しかし、理科部がある。クラスでも、他の生徒の目がある。ミレイと二人きりにさえならなければ、こんな気持ちを悟られずに済むだろうと、あたしは自分自身に言い聞かせた。




「そろそろ、文化祭のこと考えないとね」


 部室に全員が揃っていた十月のある日、部長がそう告げた。文化祭があるのは十一月の中旬だ。


「過去の展示を流用したらいいんじゃない?」


 そう提案したのはアイリだった。かつて部室から出てきたあの模造紙のことを、彼女は覚えていたのだ。ミレイは頷いた後、続けて言った。


「それでもいいけど、何か案はあるかな?」

「スライム作りやろうよ!」


 そう声を上げたのはヒロミだった。ハイネもそれに賛成した。


「いいね! 子供にもウケるだろうし、ボクだってそういうの好きだし!」

「ああ、いいな。いかにも理科部って感じだ」


 シホが目を細めた。アイリが書記としての役目を思い出したのか、ルーズリーフを取り出して、それから出た案を書き留めていった。


「じゃあ、展示としては生物調査マップを流用。体験コーナーとして、スライム作りってことで!」


 結局、最初に出た案でまとまった。それから、分担をどうするかという話になった。


「私はバイトがあるから……。その代わり、当日の当番は多めにしてくれて構わないよ」

「もちろんだよ、シホちゃん。じゃあ、スライム作りの買い出しと準備はどうしようか?」


 ミレイが勝手に役割を振る前に、と思い、あたしはこう発言した。


「あたしとアイリでやろう」

「えっ、別にいいけど?」


 自分の名前を出されたのが意外だったのか、アイリは目をぱちぱちさせた。


「ほら、アイリとヒロミは離しておいた方がいいだろ?」

「ケイカひどーい!」

「まあ、それもそうだな」


 シホもそう言うので、あたしとアイリでスライム作り、ミレイとヒロミとハイネで展示物の準備をすることになった。

 二組のバカップルを離す、だなんて、とんだ言い訳。あたしは、ミレイと一緒の役割をやりたくなかっただけだった。アイリとヒロミには悪いが、どうしても彼女と距離を取りたかったのだ。




 それから、あたしとアイリは洗濯のりや絵の具を買いに、休日に集まることになった。


「今日はケイカ遅刻しなかったね?」

「むしろ早く着いちゃったよ」


 そんな会話をしてから、あたしたちは小さなショッピングモールへ向かった。隣を歩くのは自分より背の低い女の子。いつもミレイと一緒に居たから、そういうのは少し新鮮だった。

 買い物はあっさりと終わってしまったので、後の時間をカフェで過ごすことにした。


「ねえケイカ。なんであたしとスライム作りするだなんて言ったの?」

「それは、ヒロミと……」

「何か裏があるんでしょ」


 アイリはじとり、とこちらを睨みつけてきた。言い訳を諦めたあたしは、大人しく白状した。


「ミレイと一緒にやりたくなかったから」

「ふぅん。やっぱりね」


 どうやらアイリにはお見通しのようだった。しかし、どこまで見透かされているのか。まさか、あたしがミレイに恋をしていることまで、知られているのか。


「最近の二人、っていうかケイカの態度がね、なんかおかしいなーって思ってたんだよ」

「そっか、バレてたか」

「一体どうしたのさ?」


 アイリはきっと、口が固い。それは今までの付き合いで何となく感じていたことだった。だから、言った。


「あたしさ、ミレイのこと、好きになっちゃったんだ」


 沈黙が落ちた。あたしもアイリも、ホットコーヒーを注文していたが、それがどんどん冷めていった。彼女はどうやら、言葉選びに慎重になっているようだった。そんな彼女の真摯な態度が、あたしにとっては有難かった。


「ミレイは……天然入ってるからさ。きっと、気付いてないよ」


 ようやくアイリが絞りだしたのは、そんな言葉だった。さらに彼女は続けた。


「それに、仮に想いを打ち明けたとしても、受け入れてくれるよ。ミレイなら」


 ぬるくなったコーヒーを一口飲み、あたしはアイリに言った。


「別に、打ち明けなくてもいいかな」

「まあ、それはケイカの自由だよ」


 再びあたしたちは黙り込んでしまった。しかし、不思議と心地よかった。最近はミレイと一緒に居ても落ち着かなかったから、こういう雰囲気がひどく懐かしかった。普通の女友達とは、本来こうあるべきものなのだ、とまで思った。


「アイリ、このことは誰にも内緒ね」

「もちろん」


 あたしたちは視線を交わした。指切りなど要らない。それだけで良かった。

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