14 花火大会

 花火大会当日。あたしは今度は遅刻するまい、と思ったのだが……やっぱり十分ほど、遅れた。もちろんミレイに叱られた。しかし、遅刻したのはあたしだけでなく、アイリもだった。


「ごめんなさい。ちょっと、着付けに手間がかかっちゃって……」

「それはしょうがないよ。ケイカちゃん! あなたはTシャツにデニムなのに、なんでそんなに時間かかるの!?」

「いやぁ、余裕持って出かけるつもりだったんだよ? 直前までは……」


 ミレイは紺色の浴衣だった。何の花かはわからないが、鮮やかな模様のそれは、彼女の華やかな顔立ちによく似合っていた。

 ちなみにアイリは赤、ハイネは白だ。特にアイリは、いつもおろしている髪をアップにしているせいで、いつもと印象がまるで違った。


「やーん! アイリったら可愛い! うなじに吸いつきたい!」

「おい、理科部各位。ヒロミの監視、頼むな?」

「分かった。任せておけ」


 シホが自分の胸をドンと叩いた。ヒロミはうにゃうにゃ言っているが、無視だ。

 そうして、五人の美少女たちと一人の凡人は、花火大会の場へとやってきたわけだが、六人分のスペースを確保するのにけっこうな時間がかかった。結局、場所としてはあまり良くない所しか取れなかった。


「まあ、こういうのは雰囲気が大事だから!」


 部長として、場を明るくしようと努めているのか、ミレイがそんな事を言った。


「ねえねえアイリ、かき氷買おうよ。そんで、食べさせ合おうよ」

「やだね。自分の分は自分で食べな」


 食べさせ合うかどうかはともかく、かき氷の屋台が近くに出ていたので、あたしたちは交代で買いに行った。宣言通り、アイリはヒロミに食べさせたりなんてせず、黙々とスプーンを口に運んでいた。


「はい、シホ。あーん」


 ハイネとシホは、ご覧の通りだった。それをヒロミは心底羨ましそうな目で見つめていた。その様子に気を取られていて、ミレイがこう口走ったのにあたしは動揺してしまった。


「わたしたちも、あーんする?」


 小首を傾げ、スプーンを持つミレイ。あたしはパッと目を伏せた。


「い、いいよ別に」

「そっかぁ」


 きっとミレイは無意識にこんなことをしでかしている。入学式以来の付き合いで、あたしはようやくそのことに気付き始めていた。彼女は少し、天然なのだ。ハイネとシホがそうしているから、という理由だけで、あんなことを言ったのだ。

 あたしはスマホを見た。花火があがるまで、あと十五分といったところだった。


「そのさ、ミレイ……」

「なぁに? ケイカちゃん」


 さっきのことを咎めようか、とあたしは思った。あーんする、だなんて、気を持たせるようなことをするなと。しかし、ミレイのことだから、理解してくれなさそうだと思い、やめた。


「やっぱり何でもない」


 それに、気を持たせる、だなんて。まるであたしが、ミレイに気を持っているみたいではないか。言わないでおいて、正解だった。

 そして、アイリとヒロミが、触った触ってないでケンカを始め、ミレイが仲裁し、ハイネがそれを見てケラケラ笑い、シホが呆れている内に、十五分は過ぎ去った。


「わぁ……!」


 あたしは思わず声を上げた。

 夜空に浮かび上がる、色とりどりの花模様。ここからだと少し遠いけれど、その美しさは十分に見て取れた。あたしはまばたきを忘れ、しばらくそれに見入っていた。他の五人も同様だ。


「アタシ、花火見るの、初めてなんだ」


 ヒロミがぽつりとそう言った。あたしは驚いて、彼女の顔を見た。赤や黄色の閃光が、彼女の瞳にきらめいていた。


「初めて見たのが理科部のメンバーと一緒で良かった」

「そっか。そう思ってもらえるなんて、嬉しいな」


 ミレイはどこか寂しげな表情を浮かべながら、そう返した。花火はまだ続いていた。打ち上がるたび、自分の鼓動も揺れるのが分かった。


「ねえ、ミレイ……」


 あたしは思い切って、口に出した。


「浴衣姿、キレイだよ」


 ところが、前半は花火の音にかき消されていたのか、ミレイはこんな返答をしてきた。


「うん! 花火、とってもキレイだね!」


 あたしはそれでいいと思った。そうして、気付いたのだ。

 彼女に、恋をしているということを。

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