13 夏季補習

 夏季補習は四日間。席は自由で、毎回ハイネがぴったり横についてきた。夏休み前に妙な噂も立ってしまったことだし、遠慮してほしかったのだが、彼女の性格上そうもいかない。

 最終日、あたしはハイネとカフェに寄ってから帰ることにした。話題は主に花火についてのことだった。


「ケイカは浴衣着てくるの?」

「いや、持ってないし面倒だから着ないよ」

「そっかぁ。まあ、ボクの浴衣姿を楽しみにしていればいいよ!」


 本当に楽しみなのは、ミレイの服装だったが、彼女が着てくるかどうかは本人の口から聞いたことが無かったし、聞くのもはばかられた。

 そして、そんなことを考えている自分に驚かされた。あたしは一体、何を期待しているんだろう。


「あとさ、それ、一口ちょうだい!」


 あたしとハイネはそれぞれ別のフラペチーノを注文しており、あたしが返事をする前に、彼女はストローに口をつけた。


「おい、ハイネ」

「ケイカもどーぞ!」


 そうして差し出されたハイネのストローに、あたしも吸いつかざるを得なくなった。仕方なく、そうした。


「シホともいつもそんな感じなの?」


 あたしはシホの名前を出した。


「うん、もちろん! いつも交換っこしてるよ!」


 間接キスをしていることを気にしているのは、どうやらあたしだけのようだった。それが何だか気恥ずかしかった。


「ねえ、他の理科部のメンバー、暇かな? 誰か呼び出してみない?」


 ハイネの提案に、渋々ながらあたしは乗った。来てくれたのは、ミレイだけだった。他の三人は、それぞれ別に予定があったらしい。


「二人とも、夏期補習お疲れさま!」

「急に呼び出してごめんな、ミレイ」

「いいって。わたしも二人に会いたかったし」


 会いたかった、という一言が胸をくすぐった。しかし、それは「二人に」という意味であることをあたしは再確認し、平静を装った。

 あたしとハイネは制服だったが、当然ミレイは私服だ。淡い水色のシャツに、花柄のロングスカートという出で立ち。何とも女の子らしい服装に、あたしは見とれた。


「それでさ、ミレイは浴衣着てくるの?」


 ずっと気になっていたことを、ハイネが聞いてくれた。


「ちょっと迷ってるんだ。今持ってる浴衣、小さくなっちゃって。新しいの買わないといけないから」

「ぜひぜひ買ってきてよー! ケイカもミレイの浴衣姿、見たいでしょ?」

「ま、まあね」


 そんな返事をするのであたしは精一杯だった。ミレイはアイスのカフェラテを一口飲み、こう言った。


「じゃあ、買おうかな……」


 あたしは内心、ガッツポーズをしてしまったが、表には出さない。ミレイは一体、何色の浴衣を選ぶのだろうか? どんな色でも、彼女なら着こなせてしまうだろう。


「当日、楽しみにしてるからね! まあ、一番可愛いのはボクだろうけどさ」

「はいはい。ハイネちゃんは世界で一番可愛いからね」


 理科部結成から三か月、ミレイもハイネのいなし方がわかるようになっていた。それが何だかおかしくて、あたしはプッと吹き出した。


「なんだよケイカったら」

「いや、美少女二人がやいやいやってるのが奇妙でさ」

「ケイカちゃんだってその中に入ってるよ?」

「それはない。あたしは凡人だからね」


 それからミレイは、いかにあたしが可愛いかを語りだした。


「ケイカちゃんって、すぐ自分のこと悪く言うけど、そんなことないんだからね? ぱっちりした目元とか仕草とかが、ネコみたいで可愛いなっていつも思ってるよ?」

「ネコはアイリだろ」


 あたしがアイリの名前を出すと、話は二組のバカップルのことになった。正直、助かった。これ以上、ミレイから褒められると、自分でも何を言い出すか分からなかった。


「アイリもどうやら、浴衣着てくるらしいよ?」

「ふふっ、ヒロミちゃんに押し切られたんだね」

「当のヒロミは着てこないってさ。彼女だって、着てくれば相当目立つだろうね?」


 三人分の飲み物が尽きてもなお、話題は尽きなかった。そうしてあたしたちは、ずいぶん長い間カフェに居たので、その様子を目撃されており、「三組の姫が葉っぱコンビを両方落とそうとしている」という噂も追加されたのだが、それはまた別の話。

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