11 お付き合い

 体育祭から一週間が過ぎた、ある日の放課後だった。

 いつものように、ミレイと理科部に行こうとすると、彼女はこう言った。


「ケイカちゃん、先に行ってて」

「どうしたの?」

「その、大田くんから、個別に連絡が来てね……」


 大田とは、同じ一組の男子である。確か彼は生徒会に所属していたっけか。ミレイとはそんなに仲が良さそうに見えなかったので、あたしは違和感を持った。


「今日、直接話したいことがあるんだって」

「そっか。行ってきなよ」

「うん……」


 ミレイは浮かない顔で、教室を出て行った。

 あたしは職員室に向かい、一度部室の鍵を取りに行ったが、すでにそこには無かった。理科部には、アイリが一人で座ってスマホをいじっていた。


「あれ? 今日はケイカ一人?」

「アイリこそ。ヒロミは?」

「日直の仕事が長引いてるみたい。ミレイはどうしたの?」

「それがね……」


 あたしはアイリに大田のことを話した。


「それって絶対に告白だよね?」

「アイリもそう思う?」


 もちろん、ミレイもそう覚悟して行ったのだろう。でないとあんな表情をするはずがない。


「多分、断ってくると思う。ミレイって、男子に興味ないみたいだから」

「女子にも興味無さそうだけどね」


 アイリがそう言ったので、あたしはプッと吹き出してしまった。


「女子にもてるって大変そうだね?」

「女子っていうか、ヒロミ一人だよ、あんな熱烈なの」


 それからあたしは、以前から気になっていたことを質問してみた。


「なんでヒロミとすぐ付き合ってあげないの? アイリだって、ヒロミのこと好きなんでしょう?」

「そりゃあ、まあ、嫌いじゃないけど……」


 それは、アイリの精一杯の愛情表現だとあたしは思った。あたしは追撃した。


「卒業なんて待たずに恋人同士になったらさ、もっと色々楽しいんじゃないの?」

「それは嫌なんだ。付き合ったら、別れるかもしれないじゃないか」


 あたしがアイリの言葉を上手く飲み込めないでいると、彼女は続けた。


「あたしだって、ヒロミの想いを受け入れてあげたいけどさ。こわいんだよ、別れたときのことが」

「そっか……」


 ミレイもヒロミも、しばらく部室に来なかった。なので、あたしは、アイリの「素直な気持ち」をこのとき色々と聞いてしまった。


「別れたくないから、付き合わないってことなんだね」


 あたしはそう整理した。アイリは静かにこくんと頷いた。

 すると、部室のドアが開き、ヒロミが入ってきた。


「アイリ! 寂しい思いさせてごめんね?」

「別に寂しくなんてない。ケイカが居たから別にいい」

「二人とも、やらしーことしてないでしょうね!」

「誰がするか!」


 アイリがいつもの調子に戻り、二組のバカップルがやり取りをしている間、あたしはミレイのことを考えた。

 遅い。もしかして、告白を受け入れたんじゃないだろうか?

 あたしが心配している間に、アイリがヒロミに大田のことを説明してくれていた。


「まじで? もしかしたら、理科部初の彼氏持ちになっちゃうかもってこと?」

「まだ分からないよ」


 ふうっ、とあたしが息をつくと、ヒロミは口の端を上げてあたしの瞳を射抜いた。


「ケイカったら、妬いてるんでしょ」

「バカ。そんなわけあるか!」


 しかし実際、ミレイに彼氏ができたらと思うと、不安でどうにかなりそうだった。

 理科部再建以来、あたしたちは毎日のように部室を訪れていたが、それができなくなるかもしれないからだった。


「ごめんね、遅れちゃった」


 ミレイがやってきた。彼女はすでに、ここにいる三人が事情を知っているのだと推察していたのだろう。


「えっと……告白、断ってきたよ」

「そっかー! お疲れさま!」


 ヒロミがミレイの肩を軽く叩いた。


「遅かったね」


 あたしがそう言うと、ミレイが目を伏せた。


「けっこう、粘られちゃって」

「そっか」


 それ以上のことを、あたしは聞きたくなかった。

 その内にハイネもやってきて、部室は騒がしくなったので、大田の話はそれで終わった。

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