10 体育祭・後編

 体育祭が終わり、その日の放課後。あたしたちは帰らずに、理科部に集合した。お疲れさま会の開始である。


「かんぱーい!」


 あたしたちは、調子よくジュースの缶を打ち鳴らした。まずはミレイがねぎらいの言葉を述べた。


「ヒロミちゃんも、シホちゃんも、凄かったね! お疲れさま!」


 それから、リレーの後のやりとりについての話になった。


「私は本当にこの身長で良かったと思ってるんだ。服とか靴とか、困ることもあるけど……大したことじゃない」

「ごめんねシホ、ヒロミの奴がギャーギャー騒いだりしてさ」


 謝ったのは、アイリだった。


「こいつ、頭いいでしょ? それについて色々言われるもんだから、きっと勘違いしちゃったんだと思う」


 ヒロミは困ったようにもじもじとしていた。


「まあ、小さい頃は多少いじめられたこともあったけどな」

「そうなの。小学校の頃は、ボクがシホの騎士だったんだよ?」


 よくよく聞いてみると、大柄で男っぽい顔立ちのシホを、ハイネの方が矢面に立って守っていたらしい。

 それが逆転したのは、中学生になってから。ハイネはその美貌で男子たちから言い寄られるようになってしまい、それをシホがバッサバッサとさばくようになったとか。


「それよりさ、アイリはヒロミを慰めてあげなよ」


 シホがそう言うと、アイリは悩みだした。


「ええ? まあ、うーん、頑張ってたし……ハグくらいは、いいけど」

「ま、まじで!? いつ!?」

「今この場で」

「この場で!?」


 そんなアイリの提案にはあたしも驚いたが、理由はこうだった。


「二人っきりのときにハグなんかしてみろ、それ以上のことしようとするだろ?」

「あっ、確かにそれはよろしくないね。部長として、きちんと見守ってあげますからね」


 ミレイが悪乗りをすると、ヒロミは悲鳴をあげ、どうしようどうしようと言いながら頭を抱えだした。


「ほら、おいで」

「ん……」


 二人は立ち上がり、そっと抱き締めあった。ヒロミは顔を真っ赤に染めていたが、アイリはいつも通りの仏頂面だった。


「はい、終わり」

「アイリ……卒業しても、一生一途に愛してるからね?」

「はいはい」


 そんな二人を見届けて、ミレイが言った。


「良かったね、ヒロミ」

「恥ずかしいよぉ……」

「あのなぁ、普段散々ベタついてきておいてなんだそれは!?」


 アイリはパイプ椅子に腰かけて、ジュースの続きを飲み始めた。

 女の子同士がハグしているのを見て、ドキドキするようなタイプではないと自分では思っていたが、あたしはなぜかそのときいたたまれないような気分になっていた。

 なんか……羨ましい。


「じゃあ、シホのこともハグしなきゃ! はい、おいでおいで!」

「ええ……別にいいけど」


 今度はハイネとシホである。シホの胸に顔を埋めたハイネは、何とも幸せそうな笑みを浮かべた。

 もしかして、この流れだと……。


「どうしよう、ケイカちゃん。わたしたちは、そうだね、玉入れお疲れさまってことでいいかな?」

「う、うん」


 あたしはおずおずと立ち上がり、ミレイを正面から見つめた。彼女はいつもと同じ、柔和な笑みを浮かべ、あたしが来るのを待っていた。


「じゃあ……ぎゅー」


 ふんわりと、石鹸の香りがした。いつも一緒にいるときは、そんなこと気にならなかったのに。なんて良い香りなんだろう。ミレイは続けて、ポンポンとあたしの頭を撫でた。


「ケイカちゃん、可愛い」

「う、うるさいなぁ」


 あたしがミレイから離れると、他の四人がクスクスと笑った。

 それから、話は体育祭のことに戻ったけれど、あたしはミレイの感触が忘れられなくて、話を上の空で聞いていた。

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