02 一組の葉っぱコンビ
こうしてミレイに懐かれてしまったのは、二人とも帰宅部だからという理由に尽きる。
何度か一緒に帰る内、あっちがぴったりくっついてくるようになってしまったのだ。
そして、あたしの名前は
入学してから一ヶ月ちょっとしか経っていないのに、こんな名称がついてしまったのは、ひとえにミレイの美貌のせいだろう。
あたしはせいぜい、ミレイの金魚のフンか何かである。自分の容姿については、自分が一番良く知っている。
「ねえ、今日の帰りどこか寄っていこうよ」
「いいけど、カフェとかはパス。小遣い足りなくなるから」
「じゃあ、どうしようかなぁ……」
そうやって思案している顔も、整っていて一枚の絵になりそうだった。こんなんだから、一緒に居ると周りからの目が気になるんだが、二人きりのときの居心地は悪くはなかった。
だからこそ、あたしはミレイとの友人付き合いには満足しているのだが、過ごす場所に困ってきていたのが正直なところだった。
結局、その日は、通学路の途中にある小さな公園で、缶コーヒーを片手にベンチで話すことになった。
「日射し、ヤバくない?」
あたしはミレイの綺麗な肌が焼けてしまうことを気にした。
「そうだね……ケイカちゃん、大丈夫?」
「あたしは平気だよ」
「ケイカちゃんって色白だから」
「それはミレイもでしょ?」
今の時点でこうなのだ。この先、季節が進めば、寄り道先にこの公園は選べなくなるだろうとあたしは思った。
「タダで室内で過ごせる場所って無いのかなぁ」
あたしがそう言うと、ミレイはこんな提案をしてきた。
「ねえねえ、部室は?」
「部室?」
「うん。わたしとケイカちゃんで、新しい部活を作るの。何か適当な文化部にでもしておいてさ。その部室ならタダで過ごせるよ?」
いい考えだと思った。
あたしが帰宅部なのは、中学のときにバスケ部で散々な目に遭ったからである。
先輩後輩の関係とか、妙なやっかみとか、そういうのと無縁で高校生活を送りたかった。
ミレイが帰宅部であることの理由は、特に聞いたことはないが、聞くつもりも無かった。
「でもミレイ、新しい部活ってどうやって作るわけ?」
「えへへ、わかんない」
「ったく、じゃあチサトちゃんにでも聞いてみるか」
あたしたちの担任は、
「高倉先生、って呼ばなきゃダメだよ?」
「わかってるって。チサトちゃんじゃ返事してくれないもんな」
缶コーヒーの残りをくいっと飲み干し、あたしはあくびをした。
「部室か、いいねぇ……」
そう言って呑気に構えていた頃のあたしは、その後巻き起こるアレコレを、想像だにしていなかった。
ミレイと新しい部活を立ち上げようと画策した翌日、あたしは担任のチサトちゃんに話しかけた。
「高倉先生。新しく部活を作りたいんですけど、どうしたらいいですか?」
するとチサトちゃんは、眉根を寄せて、申し訳なさそうにこう言った。
「今ってもう、新しい部活が作れないの。色んな部活が乱立しちゃうといけないから」
「そうですか……」
ミレイがあからさまに落胆すると、チサトちゃんはこう切り返してきた。
「でもね、廃部になった部を再建することならできるよ。あなたたち、目当ては部活動じゃなくて部室でしょう?」
あたしたちの目論見がバレていたことに、思わず目を見開いてしまった。ミレイはというと、涼しい顔をしていたのだが、あたしのせいで台無しだった。
「稲葉さんは本当に素直ねぇ」
「すみません……」
「いいよ。先生にも事情があってね、再建してくれると助かるのよ」
事情というのはこうだった。
昨年度までチサトちゃんが顧問をしていた文化部が、三年生が卒業してしまったことで、廃部になってしまったのだという。
部室には、様々な備品や用具が詰め込まれたまま。片付けるにも、時間も手間も費用もかかるし、とその後の処遇が棚上げになっていたらしい。
「一度、来てみる?」
そして放課後、チサトちゃんに連れられて行ったのが、「理科部」だった。
「元々、生物部とか天文部とかの、人気の無かった自然科学系の部を一緒くたにして出来たのがここでね……。ご覧の通り、色んな物があるでしょう?」
「うわっ、確かに汚いっすね」
「ケイカちゃん、素直に言いすぎ」
そこは一般教室の広さがありながら、雑然と段ボールやらプラスチックケースが詰め込まれているせいで、ひどく窮屈だった。
中心に、長机が口の字に組まれており、パイプ椅子が六脚並んでいた。そのうちの一つにあたしは腰かけた。
「整理すれば使えそうっすね。ミレイ、どうする?」
「うん、わたしは気に入ったよ」
戸口に立っていたチサトちゃんに、二人で顔を向けると、さらにこんな話をされた。
「実はね、再建するにも二人じゃ足りないの。部の存続に必要なのは六人」
あたしとミレイは顔を見合わせた。
「えっと、あと四人勧誘しないとダメってことですか?」
ミレイが聞くと、チサトちゃんはニコニコと頷いた。
「ええっ、ダルいなぁ……」
「まあまあ稲葉さん。書類上の話だから、幽霊部員でもいいよ?」
「それだったら、まぁ……」
あたしが頬をかくと、ミレイが勢いよく宣言した。
「高倉先生! わたし、頑張りますね!」
「青葉さん、やる気満々だね。助かるなぁ」
パイプ椅子に座って足をぶらぶらさせながら、あたしは二人のやり取りを見守った。
ミレイがその気なら、彼女に任せておけば何とかなるだろう。
それにしても、ミレイはどうしてこんな汚い部室を気に入ったんだか。片付けの方も、彼女に主導させよう。
「じゃあ、中間テストが終わったら、勧誘開始ね? ケイカちゃん」
なんだか、そういうことになっていた。
「あ、もうすぐテストだったんだ……」
「稲葉さんも青葉さんも、勉強の方もしっかりね?」
あたしたちは、はぁいと返事をして、ひとまずは部室を出た。
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