第四話:マリー=ルー③

ダウンライトで灯りが落とされた店内。談笑する声。アルコールとタバコのにおい。

忙しなく動き回るウェイトレス。

ここは夜の酒場。

そのカウンターに、シャギは一人で座っていた。

カウンターの中を見る。背面にある棚には多数の酒瓶が並んでいる。

シャギのいる国の法令ではアルコールやタバコは18歳から解禁となる。

シャギは初めてのアルコールとして、一般的なエールと、軽い食事を頼んでいた。

体調の悪いラビのことが心配ではあったが、軽く食事を済ませ、ラビにも食事を買って戻ろう、そう思いつつ、頼んだ品が来るのを少し緊張しながら待っていた。

「お待たせいたしました、エールと、羊肉の香草焼きです。」

厚切りの羊肉に複数のスパイスを合わせ、さらに香草と共に蒸し焼きをしている。

盛り付けも丁寧で、見た目、香り、どちらも食欲を刺激する。

エール。どこにでもあって、主に駆けつけ一杯に用いられることの多い酒。

恐る恐るジョッキに口をつける。キンキンに冷えているようだ。

「ん…。」

ごくり。一口飲み下す。

初めにくる炭酸の刺激。口いっぱいに広がる苦味。アルコールの香り。

鼻から息を吐くと、どことなくフルーティなフレーバーが抜けていく。

軽く頷きながら、ナイフとフォークを握る。

まだ湯気の立つ、羊肉を一口サイズにカットして口へ運んだ。

口に含んでよく咀嚼する。スパイシーで、香草の香りのふわりと香る。羊肉のくさみもなく、全て旨味に変換されている。

「美味い…。」

村にいたときはこんな美味い外食は正直できなかった。その味に、感動すら覚える。

羊肉を食う。エールを流し込む。

エールもさっきより随分美味く感じるし、エールが羊肉の味をさらに引き立てた。

料理をぺろりと完食、エールの最後の一滴を飲み干し、なんだか楽しい気分になってきた。

楽しくなって、もう一杯飲んでみようか、そう思った時。

からんころん、店の戸が開く音。

店員のいらっしゃいませの声、店の奥で歓声のような声が沸く。

「よう!マリー!」

「よーっす!あー喉乾いたなあ!」

店の出入り口の方を見遣る。

軽戦士の装備をまとった、金髪の女。

席につく前に手渡されたエールの大ジョッキを立ったまま一気に流し込む。

あっと言う間に空になったジョッキをひっくり返して、店内はさらに盛り上がりを見せる。

「さすが!」「よう、相変わらずいい飲みっぷり!」「いい女!」

次々と歓声が上がった。

女はひとしきり男たちにあいさつを交わし、どっしりと座って、今度はもっと強い酒と料理を大量に注文した。

シャギは静かにエールをもう一杯注文し、ゆっくりと飲みながらなんとなく向こうのテーブルの会話に耳を傾ける。

今日行ってきたクエストの話や稼ぎの話が中心のようだ。

見た目や飲み食いぶり、立ち居振る舞いからして、彼女も相当な手練と見る。

彼女はずっと、会話の中心にいた。彼女はテーブルを移動していないのにいろんな男たちが入れ代わり立ち代わり声をかけに行っている。

向こうの会話をつまみにしつつ飲み進めたエールも最後の一口を飲み干した。

いい体験もできた、機嫌もいい。もうそろそろ帰ろう、と思って、件の女のテーブルをなんとなく見てみた。

ばっちりと目が合った。なぜか彼女から目が離せない。

彼女はすでにほろ酔い。シャギも多少気が大きくなっている。

すくっと立ち上がった彼女はスタスタと近寄ってきて、隣でカウンターに肘をつき、シャギを見下ろした。

「やっぱりあんたか。遠くから聞き耳立てるなんてやらしい奴。」

女はシャギに向かって吐き捨てる。

女は先ほどマリーと呼ばれていた。

今朝、教会で攻撃を仕掛けてきたシスターもマリーと呼ばれていた。

名前を聞いた瞬間嫌な予感はしていたが、この女が町一番の賞金稼ぎ、

「あたしはマリー=ルー。マリーでいいよ。あんたは?」

マリー=ルーという人物だった。

「俺はシャルギース。シャギって呼ばれてる。」

シャギの想像は大酒飲みで大飯食らい、だけ合っていた。

「あんたんとこの神父も大概生臭だが、シスターもやさぐれてるな。」

「はっ!言ってくれるね。」

今朝はあんなにも好戦的であったのに、今は攻撃の意思はないようだ。

マリーはシャギの隣に座り問いかける。

「今朝、なぜ剣を抜かなかったのよ。」

神父が止めに入るまでに隙はあった。だがそれでもシャギは剣を抜くことはなかった。

「この剣は魔王含む魔族を斬るための武器で、人間に向けるものじゃないからだ。」

「甘い!甘いよ、甘すぎる!第一あんた、あたしの敵意にも気付いてなかったろ。」

「うっ…それは…。」

迂闊だった、危機感がなかった、それは否めない、と口ごもる。

シャギにはなんの酒かわからないが、見るからに強そうなその酒を、マリーはぐびぐびと飲む。

今朝はあんなに敵意剥き出しだったというのに、マリーは今度は気さくに話をかけてくる。

酔っているのか、もともとの気質なのか。

マリーの様子をじっと見ていると、今度は笑顔を見せた。

「今朝は悪かったよ。聖堂の掃除してたら急に魔族みたいな、変な気配がして、少し焦った。」

変な気配、とは、シャギのことなのか、ラビットのことなのか、はたまたタイバーのことなのか。

「マリー、あのさ…。」

ジョッキに口をつけながら、彼女は横目でシャギを見る。

「なにか魔族に、恨みでもあるのか?」

横目で、見開いた目で、眉間に深いしわを刻み、凝視。

シャギは両手を組んで前を向いたまま、呟くように話す。

「この前、俺の住んでた村に魔物の急襲があって、そいつら、村をめちゃくちゃにしたよ。俺、それまで魔物なんて見たことなくて、平和にボケっと過ごしてたんだ。でもそれからは魔物が憎くてたまらない。だから魔王をぶっ殺しに行こうと思った。だからマリーは、どうして魔族を恨んでいるのかと、気になっ…」

ひとしきり話し終えて、シャギはマリーに視線を移す。と、先ほどの深刻そうな表情から一転、ひどく楽しそうに、笑いをこらえているようだった。が、ついにマリーは吹き出した。

「ぶっ…あははっ!魔王をぶっ殺す?大真面目な顔して何を語りだすかと思えば!」

シャギの背中をだんだんと叩きながら、笑う。

「いてぇよ。」

「あはは、はは…ごめんって。あー笑った。楽しい。ははっ、あ〜、いいよ。話してやるよ。」

笑いすぎて滲んだ涙を拭いつつ、もう一度シャギに目を合わせた。

「あ?なんだ、酒が空だ。シャギ、エールでいい?」

「…金無いから、俺は水でいいよ。」

「飲みたりなくないの〜?おごるよ。」

女の軽戦士の装備は肌の露出が多い。怪我をしやすいのではないだろうか、と思いつつ、ジョッキを掲げる胸元にわずかに目がいく。

討伐で外を駆け回り焼けた肌、筋肉質な肩、浮き出る鎖骨。

薄く割れた腹筋、張りのある腿。

少し慌てて視線を前に戻して。

「じゃあ、一杯だけ…。」

「よしきた。」

満足気に相槌をうって、マリーは二人分のエールを注文した。

注文したものはやはり数秒で届いた。

「じゃあ、改めて。」

軽くジョッキを打ち鳴らす、乾杯のあいさつ。

一口飲んで喉を潤してから。

「あと、さっきの質問、あまり他の女にはしないほうがいいよ。」

そう前置いて。

「簡単な話さ。あたしの父さんはハンターだった。クラスは今のあたしよりずっと低かった。負けたんだよ。」

遠い過去を懐かしむように、憂うように、厭うように。

語る横顔には、隠した悲しみが見えた。

時折笑いながら、酒を飲みながら、彼女は訥々と語る。


────


昔はこの町の外れ…というか、ほぼ山の中に住んでた。田舎で細々と暮らしてたんだ。

クラスは低いしマージンは高いし、稼ぎなんてほとんどなくて。それでも体の弱い母親と幼いあたしを養うために、父は一生懸命稼いできてた。ギリギリでも、母親の医者代も家賃も食い扶持も、なんとかね。

それはそれで悪くなかったよ、母親はあまり動けないけど、いつもあたしの相手をしてくれた。父が帰ってくれば、真っ先にあたしを抱きかかえて、ただいまって。食事しながら今日あったことをたくさん話して。

それだけ。それだけでよかったのに。

そんな生活を続けてきて、ついに母親が危ない状態になって。延命する治療を受けるには、到底払いきれない金額でさ。

それでも…諦めきれなかったんだろうさ。

隣の小さい町で、非正規に自分の領分に合わないクエストを受けた。もちろんその分大金を掴める。

賭けたんだね、自分の命を。懸けたんだね、奇跡に願いを。

神にも縋る思いで、絶対に負けない思いで、いや、刺し違えてでもって、そんな思いであの人は出ていった。

結果はすぐだった。

数日後、家のドアを叩く音がした。

あたしと母は顔を見合わせて、あの人が帰ってきた!ってはしゃいだ。すぐに玄関に駆け寄ってドアを開けようとした。

開けようと思ったけど、なんだかドアの外が騒がしく感じて。少し躊躇したんだけど、母親が早く早くっていうから、ドアを開けた。

別に開けても開けなくてもなんも変わらなかったと思うけど、ドアを開けたら、なんていうのかね、ああいうの。

緑色の肌色で、でかいやつ。そんなのが集団でいて。

さーっと血の気が引いた。

あいつら、手足をもいだ父を引きずってた。

顔中腫れ上がって、血まみれで、痣だらけ。

歯もぼろぼろ。

もいだ手足は、家に来る途中の道でばら撒いて、見せしめで。死なないように変な薬打たれてるからイカれた表情してた。

拷問して、死にそうになったら治癒して、変な薬打ちまくって、そうやって暇つぶしに家の場所聞き出して、わざわざご訪問。

少しクラスの高い魔物は、知能の高い奴がいるんだ。そいつら、喋るんだよ、気味の悪い低い声で、統一言語をね。

今でも忘れられない、目と耳に焼き付いてる。

あいつらのニタニタとした気持ち悪い笑みと気持ち悪い声。

声も出なかった。心底怖かった。

後ろで泣き喚く母の声も、ノイズみたいで。


────


「…さ。ふぅ。」

マリーはそこで息をつく。

浅い、ため息交じりの吐息。

それから大きくジョッキを傾けて、ぐびぐびと喉を鳴らす。

「なんだい、早く続き、って?ちょっとくらい休ませてくれよ。」

空のジョッキを掲げて、「お姉さーん、おかわりー!」と注文する声、表情は、努めて明るい。

またすぐに、エールが運ばれてくる。


────


えーと、どこまで話したっけ?ああ、そうそう、魔族が訪問してきてね。

玄関でガタガタ震えたよ。立ってるのもやっとだ。耳にはあまり何も入ってこなかった。

連中、特に中途半端に知能のあるやつほど、残酷な遊びが好きなのさ。

特に女子供のね。年寄りや男はバラして遊ぶ、女子供は簡単には殺さない。嬲って回して、絶望した表情を、泣き叫ぶ顔を、悲鳴を愉しむんだ。

もちろん、あたしと母はすぐに囲まれて、捕らえられた。貧弱な母と幼い子ども、抵抗なんてできっこない。

ご丁寧に、ちゃんと見えやすいところに父さんを座らせて、まずは母さんの身ぐるみを剥いで、犯しはじめた。髪を掴んで、首を絞めて、暴れるから殴られた。

皮膚の破れる音、骨の折れる音、悲鳴、そんなのばかりが耳に入ってくる。

あたしは捕らえられたまま体を弄られて、硬直して動けなくて、父さんはラリってるからずっとなにかをぶつぶつ言ってて、笑ったりして。

頭がおかしくなりそうだった。

その間ずっと母さんは父さんの名前を呼んでたと思う。叫んでたと思う。

それから、まあ、わかるだろ?…回された。犯されに犯されたよ。

いっそ頭おかしくなりたかったね。

ぬるいような妙な体温で、いやに熱い呼吸とか、体液で体の外も中も、きっちり汚された。感覚とか、全部覚えてる。忘れたくても忘れられない。

母さんは簡単に死んじゃった。死んじゃったけど死んでも犯されてた。

それで満足したのか、ゴミでもポイ捨てするようにあたしらを捨ててどっかへ行った。

全身、文字通り全身痛くて、さんざん泣いたのにまだ涙は出て、もう意思もなさそうな父さんと、目を見開いたまま死んだ母さんの間で、震えて泣いた。

それから、あの教会の神父に拾われた。孤児であるあたしを引き取って育ててくれて。

って言っても長い間、塞ぎ込んでたんだけどね。


────


「と、まあね、そんな感じさ…って、」

「なっ…んで、おまえ、…んな強く…。」

「はあ!?なんであんたが泣いてんの。」

そういってあははと、彼女は高らかに笑う。

過去の傷を全て乗り越えて、彼女は強く、生きている。

その姿が、とても美しく見えた。

「まあ…あたし、処女じゃないんだ。例え強姦だったとしても、穢れは神職には就けない。ましてや魔族に犯されたこの身体じゃあなおさらね。だからあたし、シスターじゃないんだよ、ほんとは。」

気が付けば店内は静まり返り、全員がマリーの話に耳を傾けていた。

「だけどねえ…。」

さらにマリーは、全員の注目を集めるように、静かに紡ぐ。

静かな声から、がたっと立ち上がり。

「あたしは強い!強くなった!」

叫ぶ。

全員がマリーを注視する。

「ここにいる野郎どもが、あたしを強くしてくれた!」

心的外傷から一時は、塞ぎ込み、酒浸りだった、彼女はきっと。

「強く生きる術を教えてくれた!」

歓声が沸く。

地獄の淵から這い上がった彼女はきっと、誰よりも強く、優しく、可憐で。

「ここにいる全員で、勝鬨を上げよう!」

きっと誰からも、美しく見えている。

「乾杯をしようじゃないか!グラスを掲げろ!!」

一声で、全員がグラスを高く掲げる。

壮観だった。

「人生に、」

「マリーに!」

乾杯──!!!!

一層沸き立つ店内で、ウェイトレスもより忙しなく動き回る。

二人だけ座るカウンター。騒がしい店の中で、二人だけの世界になったみたいに、ゆったりとした時間が流れる。

「なんで俺に話してくれたんだ?」

その過去は、マリーの核心だったと思う。

強い彼女が心の内に秘めた過去の闇を、初対面の他人へ話すこと。

それはとても、勇気が必要だったと思う。

シャギとて軽い気持ちで聞いたわけではない。何か事情があってのことだとは思っていた。

けれど現実は、悲劇は、想像を超えて降り掛かってくる。

秘めておきたい過去だって、あるはずなのに。

「あんたがさ…バカなこと言うから!魔王をぶっ殺すなんて、ほんと!笑っちゃったから。つい口が滑ったよ。」

「馬鹿にしてんなー…。」

第一印象は最悪だった。殺されかけた。殺しかけた。

そんな人間と酒を飲み交わす。

人間とは不器用で不安定な存在で。

だから人は、助け合い支え合いもするし、同じ種族で殺し合う。

「ねえ、シャギ。静かなところに行かない?」

ぼんやりと酒瓶の並ぶ棚を見ながらぽつりと呟いた。

ダウンライトが緑色の瞳に揺れる。

薄く染まる頬は、アルコールか。

会計を済ませ、そっと店を出る。

並んで立てば、大きく見えていたマリーも意外と小さい。

アルコールと、夜の町にほだされて、頭がぼんやりする。

縺れ込んだ路地裏、マリーは壁に背をつけて、向かい合うシャギを見上げる。

シャギは覚束ない思考で、この状況を考える。路地の隙間から漏れさすネオンと、薄暗い路地裏で、静かに二人きり。向かい合う。

無為に伸びる手は、支えをなくして壁についた。

マリーの顔の横、触れるか触れないか、そんな位置にシャギの腕がある。

マリーは何も言わない。ただ緑色の瞳をシャギへ向ける。

ごくりと唾を飲み込んで、シャギは告げた。

「俺と一緒に、魔王を倒しにいかないか?」

訪れる沈黙。

彼の表情は本気だ。

目を伏せ、笑みをかたどるマリー。

「そう。考えとくよ。」

静かな声が、鼓膜を震わせた。

背徳的な情景が、脳を震わせた。

「ねえ、あたし、汚いかな?」

まっすぐにシャギだけを見る。

二人の視界にはもう、お互いしかいない。

壁についていた手を離し、その手をポケットへしのばせる。

「いいや、俺は、お前が美しいと思う。」

綺麗、ではなく、美しいと、彼は言う。

深い意図はないのかもしれない。

思いついたままの言葉を言っただけかもしれない。

それでも彼は、彼の感じたままを言ってくれた。

それで、満足だったから。

「そう。ははっ。さ、早く行きなよ。待たせてる人がいるんじゃないか?時間とって悪かったな。」

その言葉に、一瞬レティシアの顔がよぎる。

次に、ラビのことを思い出した。

急いでマリーに別れを告げて、背を向けた。

路地を出る、振り向きざまに。

「明日、迎えに行くから!」

そう言って、マリーの反応も見ずに、彼は立ち去っていった。



宿の部屋にて。

ラビはぷんすこと怒っている。

体調の悪い少女をひとり取り残し酒に興じていたのだからしょうがない。

早く帰るつもりだった、とか、あれこれと弁明するが、そのどれもが言い訳に過ぎない。

「でもほら、俺さ、資格とったんだよ!クエストの…。」

資格証を取り出し、彼はラビに見せる。

それにぴくりと反応して、ようやくラビはシャギを見た。

その資格証には、ランクAと記載されている。

「おお!素晴らしいですシャギさま!」

単純にラビはうれしくなった。

さらっと話しただけのことを覚えていてくれて、行動に移してくれた、そんな些細なことが。

ラビは手に取った資格証を掲げ、ベッドの上ではしゃいでいる。

「ところでラビ、もう体調はいいのか?」

「ええ。よーくよく思い出してみると、こんな時用のお薬みたいなのがありまして。それ使ってもうピンピンですよ。」

「そうなのか…。ラビのタイミングでいいから、今度聞かせてほしい。お前のこと。」

今後対処できるようにしたいと思いつつも、どうしても話したくなさそうなラビに、逃げ道を作る。

目を線にして、口をむにゃむにゃとなみなみにした妙な表情。これはいまいちどういう感情なのかシャギはわからなかった。

話したくはないけれど、聞いてくれたことがラビはまた嬉しかった。嬉しいけど、そんな感情を表に出すのが憚られたから、照れ隠し。

「あ、あとさ、資格取ったその足で、クエストもやってきた。少しだけど、今日の宿分くらいはなんとか…。」

硬貨の入った袋を差し出す。なるほどこれなら十分とある。

「あと、これ、ほら、ラビのめし。」

先ほどの酒場で、自分が食べたものと同じメニューをテイクアウト。

「うまいぞ。」

にかりと、シャギは笑う。

「意外としっかりしてるんですね。」

ふふっ、とラビが笑う。

意外とってなんだよ、なんて戯れて、夜は深くなっていった。



翌朝。

早朝、宿を出た二人は、馬を引いてある場所を目指し歩く。

いつの間にか遥か後ろには、タイバーがいる。

不思議に思いながらも、ラビはシャギへとついていった。

近づいてきたのは昨日、攻撃を受けた教会。

ラビは怪訝そうな顔をしているが、大人しくついていく。

教会の門の前、金髪の女がひとり立っていた。

大きな銃器をその背中に背負い、腕を組んで仁王立ちで、彼女はシャギを待ち受けていた。

「よう、マリー。」

マリーは視線を移動して、シャギを見る。

まさか、ラビは驚嘆した。

昨日の今日で。

「一体どうやって口説き落としたんですか?」

「口説くって…。」

とても少女に似つかわしくない言葉を吐き捨てて、じっとりとマリーを見遣る。

「言っておくけどそこの白いのと向こうの黒いの、あたしは味方と認めたわけじゃないからね。」

誰にも何も言われてないのにマリーはそう宣う。

行動を共にするならできれば仲良くしてほしいが、まあそう言うなと、シャギは苦笑い。

「まあ…よろしくな、マリー。」

シャギはマリーに手を差し出す。

マリーはその手を固く握る。

ラビの表情は晴れない。

無理もないとは思うが、いずれ打ち解けられればいい。マリーもそう気の悪い奴ではない。

「神父は見送りに来ないのか?」

「ああ、もう済んだよ。」

手首にきらりと光る加護を携えて。

その背中には見送りの言葉なんていらない。

それが彼女と、神父の絆。

シャギは頷く。ラビの頭を撫でる。

「行こうか。」

新たに仲間になったマリー=ルーと、共に冒険は続く。

砂色の外套を翻し、彼は前を見て歩く。

ちょっとギスギスした一行は、斯くあれ次の場所を目指して歩き出したのだった。

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