ライバル関係?
桜蕾学園JK自転車部にとってインターハイは大成功に終わった。
美里はすぐに頭の中を切り替えた。
自分自身の挑戦、台湾KOMまであと約2か月。
美里自身がこのレースに参加した事はないが、以前からとても興味を抱いていたレースのひとつで、自分の持っている力を発揮出来る得意なレースなのではないかと思っていた。
これは特殊なレースだ。
「KOM」とは「キングオブマウンテン」の事で「山岳王」を意味する。
標高ゼロメートルの所をスタートし、ゴール地点は標高3275メートル。
毎年世界中の「坂バカ」達が集結する105キロにも及ぶヒルクライムレースだ。
情報によると長い長い105キロの上りのレースであるが、85キロ地点から4キロ程の下り区間がある。そしてそこから本当のレースが始まるという感じらしいのだ。そこからは急勾配の坂道が続く。既に標高2200メートルを越えている所から標高差1000メートル以上アップする。最大勾配は27%だ。
全日本後にフルールから届いたメールに書いてあったように、オンディーヌチームは今シーズン苦戦を強いられているようだった。
少し前に行われたツールファムでも勝つ力はありながらフルールは破れていた。
元々チームの絶対的なエースだったニナを含めオンディーヌの選手がこぞって移籍した新チームは圧倒的なチーム力を見せて、ニナを総合優勝に導いていた。
オンディーヌには今、山岳をアシストできる選手がいない。フルールは山岳でニナのチームに総攻撃を喰らって敗退した。
この台湾KOMで山岳を走れそうな選手を探してスカウトしようとしている事は目に見えている。
美里は元々、山が得意だし長ければ長いほど力を発揮できる。
オンディーヌにいた頃は山岳ではニナのアシストを担っていた。晩年は故障続きでレースにさえ出れない事が多かったが。
台湾KOMで上手く走れれば、再び声を掛けてもらえるチャンスがあるかもしれない。
このレースに一花と一緒に参加する。
一花はどうだろう? 彼女は未知数だ。インターハイでは驚くような成長を見せて圧勝した。何よりも美里を脅かせる物を持っている。
でも冷静に考えると、長いヒルクライムは一花の得意分野ではないはずだ。求められる物がインターハイとは全然違う。
長い上りのトレーニングをしたかった美里は休日に一花を連れて少し遠くまで足を運んだ。
康介が一日お店を閉めて、運転手を買って出てくれたのはありがたかった。
これまで10キロ以上の上りを走った事がなかった一花は、この日初めて20キロ以上続く山道を上った。
この日のトレーニングを終えて、正直なところ美里はホッとしていた。一花は全く美里の相手にならなかった。インターハイであれ程の能力を発揮していても、やはり長い上りは不得手のようだ。
「え〜、無理無理。20キロで精一杯なのに100キロなんて上れないよ。それにもっともっと後半勾配がキツくなるんでしょ? 上れる気がしない〜」
そう嘆いていた。
美里はご機嫌だ。一花に自分の今の最大の目標を奪われてしまうのではないかという思いは杞憂だったようだ。
「あと2か月あるんだから、一花の能力なら絶対大丈夫。フルールと少しでも長く一緒に走るんでしょ。一緒に頑張っていこう」
美里は長い上りの走り方のコツやダイエットの必要性などを教えた。ただ高校生にとって過度のダイエットは危険なので、栄養管理の仕方や注意点など大切な事をきっちりと教えた。
「ストレスになるようなやり方は絶対にダメだよ。楽しんで出来なかったら、今それをやる必要は無いから」と強調した。
2か月で体質を変えるのは無理だけど、上手くやれば2か月で効果が出る方法はいくらでもある。
最初の1か月は一花には低い強度で出来るだけ長く運動する事、これまでよりもとにかく乗る時間を増やすように指示を出した。
一花は本当に素直な娘だ。
フルールと少しでも長く走りたい一心で、美里の言う通り頑張った。余計な脂肪が落ちていくと、どんどん気持ち良く上れるようになっていく。それが嬉しくてダイエットも楽しくなった。
1か月後には、一花は随分とロード選手らしい上れそうな体型になっていた。
グングンと上りを走れるようになっていく一花を見ながら、美里は焦り始めていた。
1か月前に抱いた思いは甘かった。
それ以前に感じていた恐怖に再び襲われる事になるなんて。
「一花、随分と走れるようになったね。あと1か月。ここからは私達は先生と生徒ではなく、同じレースを戦うライバルよ。貴方も高校を卒業したら私の指導は受けられなくなる。その為にも自分で考えてやっていく能力も身につけていかなきゃね。台湾KOMが終わるまで、私の方から指示はもう出さないから。
突き放しているわけじゃないよ。
聞きたい事があったら一花の方から聞いてくれればいいから。
お互いに頑張りましょう」
一花はちょっと悲しげな顔をした。お互いにという言葉がやけに冷たい物に感じた。
クラブの練習以外、練習も別々にやる事が多くなった。一緒に練習する時も美里は指示を出さなくなった。
「これも私が自立する為に必要な事」と一花は言い聞かせていた。
美里は何も言わなかったけれど、一花の事はよく見ていた。
台湾KOMまで、一花にはこれ以上強くなってほしくなかったし、構ってあげたくない。
ライバルとして観察しておく事は大切だ。
その気持ちは強い。
けれど、一花の顔色が悪いと過度にダイエットしてるんじゃないかと心配になる。
いつもより走れていないとオーバーワークなんじゃないかと心配になる。
少しだけ声を掛ける。やっぱり放っておく事は出来ない。
少しの声掛けで一花の顔はパッと明るくなる。
自分で自分の首を絞めている事は分かるけれど、やっぱり一花が可愛くて仕方がない。
もっと冷たく突き放したいのに‥‥‥
ひとつだけ一花にちゃんと伝えておこうと思った。
「一花、今のうちに伝えておきたい事があるの。台湾KOMは私は自分自身を懸けて走る。レース中は私達はライバルだから私は貴方を蹴落とす術を使うかもしれない。それに惑わされずに、貴方もしっかりと自分自身を懸けて走ってね。お互いに頑張りましょう」
一花は美里に「お互いに頑張りましょう」とまた言われた。
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