最後のインターハイ

 高校三年生の一花にとっては最後のインターハイ。彼女は圧倒的な力で勝利した。

 ラスト10キロ以上を独走して、2位の彩音あやねに3分以上の差を付けてゴールに飛び込んだ。


 勝つ自信はあった。

 全日本後の1か月半の間、一花は夏のトウモロコシのように一日毎に大きく成長を遂げてきた。勝てるだけの練習が出来ていた。


 美里先生、チームの仲間、学校の友達やその家族も沢山応援に来てくれていたし、全然知らない人達まで、いっぱい拍手を送ってくれて、喜んでくれて、それが何よりも嬉しかった。


 このレースに出場できなかった道穂が駆け寄ってきてくれた。

「一花さん、おめでとうございます! スゴイです。スゴくカッコいい。ありがとうございます!」


 道穂の口からという言葉が出た事に一花はちょっと戸惑った。

「ありがとうはこっちのセリフでしょ?」

 涙目になって興奮している道穂に対して、一花は冷静にそう言った。


「だって、ありがとうです。すごく感動させてもらったし、チームの代表として最高の走りをしてくれたんですから」


 珍しく一花が真面目な顔をしている。

「道穂、道穂ありがとね」

 そう言って道穂の背中に手を回した。


「その最高の力を引き出してくれたのは道穂の力、それが大きいんだよ。あたしはこのニ年間の道穂の努力を知ってる。ううん、あたしが知ってるのはほんの一部だけだけどね。あたしよりもずっとインターハイへの思いが強くて努力してきた道穂の力を道穂自身が発揮する機会は奪われてしまったけれど、それはあたしの力になって発揮されたんだよ。あたしは道穂から学ぶ事がすごく多かった。それに全日本の時も、そして今日の応援もすごく力になった。

 みんなの思いが無かったら、あたしは走る事さえ放棄していたはずだから。

 こうやって、出場選手と同じ気持ちでこの大会を戦っている今の道穂はすごくカッコいいよ」


 道穂は一花の胸に顔を埋めて泣いていた。一花は自分も泣きそうになってちょっと焦った。


「あ〜、なんか、あたしらしくない真面目な事言っちゃった」

 と急に声のトーンを変えた。

「みんな、ゴールしてくるね。一緒に迎えよう!」


「はい! 一花さん、ありがとうございました!」

 道穂は腰を90度に折り曲げた。



 結奈がやってきた。彼女はうなだれてゴールラインを越えた。

 一花が駆け寄ろうとしたが、結奈はそのまま真っ直ぐに駆け抜けてしまった。泣いているように見えた。一花はどうする事も出来ず、ただその悲しそうな背中を見送るしかなかった。


 後続との差はかなり開いていた。

 2〜5人のゴール勝負が何回か行われて、紅葉が9位、華が11位でゴールした。

 桜蕾学園の部員達、応援に来てくれた人達がみんな集まって、皆の健闘を労った。


 ☆


 表彰は個人と団体がある。

 待機場は賑わっていた。

 一花がやってくると、やはり彩音が俯いて座っていた。

「彩音、お疲れ様」

 そう言って隣に腰を掛けた。


「一花、おめでとう。強かったね」

 消え入りそうな小さな声がした。

 彩音は下を向いたままだ。

 一花は対応に困った。


 彩音と同じように下を向いて小声で言った。

「ありがと。元気出して。団体優勝おめでと。初代チーム優勝を導いたのが彩音だよ。あたしが頑張れたのも彩音がいてくれたからだよ。

 彩音がそんな顔してたら、あたしまで悲しくなっちゃうよ。彩音に負けた選手とか出れなかった選手はもっと悲しくなっちゃうと思うよ。

 このレースに向かって頑張ってきて、頑張って走れたんだから、笑っていいと思うんだ。

 幸せだから笑うってのは普通だけど、無理にでも笑ってみると幸せに感じたりもするもんだよ。そしたら周りの人達も幸せを感じる。

 笑って先生に怒られるなんて、馬鹿げてる。

 そんな事で、もしも先生に怒られたら、あたしが先生に足を引っ掛けて転ばせてやるから」


 彩音がぷっと吹き出した。

「ごめん。その場面、リアルに想像しちゃった」

 彩音に少しだけ笑顔が戻った。



 いい表彰式だった。

 一花や桜蕾学園のJK達は相変わらずおちゃらけて会場に笑いを誘っていた。

 彩音も下を向く事なく、にっこりと笑って一花を讃えた。


 表彰台から降りてきた3人は、まず美里の所に駆け寄った。

 美里の首に3個の銀メダルと1個の金メダルが掛けられた。


「いいね、いいね。みんな集まって下さいよ!」

 康介がカメラを掲げて皆を集めた。


「さあ、最高の笑顔をこっちに向けて下さいよ〜。何枚かいきますよ。

 はい、チーズ! 桜蕾学園JK自転車部! 合言葉は!」

「せ〜の!」

「チャラいのがカッコいい⁉︎」


 笑いが溢れている。

 美里は幸せな瞬間を噛み締めていた。これまで自分に掛けてもらったどんなメダルよりも、そのメダル達は光り輝いて見えた。


「康介さん、ありがとう!」

 カメラに最高の笑顔を向けながら心の中で呟いた。


 ☆


 勝つという事はただ嬉しい事じゃない。

 勝てるのはたったの一人だけで、その裏側には悔しい思い、悲しい思いをしている人達が大勢いる。

 負けた選手、出場できなかった選手、選ばれなかった選手。


 勝つという事は苦しい事でもある事を一花は初めて知った。

 自分の何倍も努力してきた人達を差し置いて、自分だけが賞賛を浴び、大勢の人が集まってくる。

 勝負の世界の厳しさを目の当たりにした。

 美里先生やフルールは何度も何度もこういう思いを経験しながら、色んな人達の思いを自分の力にしてきたんだろうなって思う。


 初めてチームの代表として走って、色んな人達の思いを知って、そうしたものがこれからも自分を強くしてくれるんだと思う。

 美里先生やフルールが生きている世界に少しだけ足を踏み入れる事が出来たような気がした。


 時々息が詰まりそうになる。

 でも、あたしのそばにはいつも温かい目で見守ってくれている美里先生や、一緒に笑い合える仲間達がいてくれる。

 あたしは昔からチャラいキャラだからそれにも救われている。

 だからやっていけてるとも思う。


「チャラいのがカッコいい⁉︎」

 あたしは一花。だからこれからも一花らしくやっていこうと心に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る