最後のインターハイに向けて

 心が決まれば行動は早い。

 美里はまず一花にフルールからのメールの事を話した。


 一花は自分の事のように目を輝かせた。

「先生、凄い! 勿論挑戦するんでしょ? もう一度オンディーヌで走れるように頑張るんでしょ?」


「一花にだってそのチャンスはあるんだよ」

 美里がそう言うと、一花は首を横に振った。

「あたしはまだまだだよ。100キロのヒルクライムなんて想像もつかない。だけどあたしはフルールと少しでも一緒に走りたい。出来るだけ長く一緒に。だからそこに向けて頑張ろうと思う」


 この娘は自分の持っている能力、その可能性にまだ全然気づいていない。


「でもね、一花。私は決めたの。インターハイまではそこに向けて全力を尽くすって。一花にもそうしてほしいんだ」


 一花に抱いている自分の不安な気持ちは話さなかった。

「インターハイが終わったら私達はライバルになるかもしれないね」

 そんな風にだけ言っておいた。


「え? ライバル? あたしと先生が? ふふふ。ちょっとだけでもそう思われるように頑張らなきゃ」

 相変わらずふざけたような口調でそう言った。



 そして美里はインターハイに向けて動き出した。大会まであと1か月半しかないけれど、出来るだけの事はやらなきゃと思う。


 昨年までインターハイロードは女子は個人戦のみだったし一校から何人でも出場できた。

 競技人口が増え、競技レベルも上がった今年からは男子と同様に出場できるのは一校三名まで、個人表彰と共に団体総合表彰もある。

 団体は順位によって与えられるポイントを三名合計したもので順位が決まる。


 美里は春先にその情報は得ていたが、いまだその事を部員達には知らせていない。

 昨年とは違って全員が出場できない事、今年は桜蕾学園JK自転車部は何を目指すかをはっきりさせておかなければならない。


 全体ミーティングを考えたが、その前に個々の正直な意見を聞きたいと思って一人一人と面談をした。

 マネージャーの結奈を含めた昨年までの五名に加え、今年は新入生が三名加わっている。

 その中で出場できるのは、たったの三名だ。

 美里はその三名を選ばなければならない。コースと実力、今の調子を見て、より良い成績を残す事を考えたベストメンバーを選ぶべきかどうかを考えていた。


 目指すものについて、それぞれの部員からほぼほぼ同じような答えが返ってきた。

 それは団体優勝と一花の優勝だ。

 まずは出場し、そこから何かを感じて部として新たなスタートを切る事を目標に臨んだ昨年とは大違いだ。


 成績を求めてベストメンバーを選ぶとすれば、今の段階では道穂を落とさざるを得ない。

 美里はそれが一番悩みどころだった。

 彼女はインターハイで優勝したいという明確な目標を持って入部してきた唯一の選手だ。部の中で一番の努力家だし、長い上りでは一花の次に速く上れるようになっている。

 誰よりもインターハイに出たいという気持ちは強いはずだ。

 しかし、今年のコースはあまり道穂向きではない。彼女にはもう一年ある事が幸いだが。


 道穂にはまず、今年のインターハイは三名しか出場できない事を伝えた。

「知っています」と道穂は答えた。彼女はそうした情報を常に調べている。そしてこう答えた。


「インターハイは成績の出せるベストメンバーで臨むべきだと思っています。私は何としても出たいから選ばれるように頑張っています。私が得意じゃないコースだって事も分かってるから、コースを考えて必要なトレーニングもしているつもりです。でも今の力では落とされる事も分かっています。出来ればギリギリまでメンバーを決めないでほしいと思ってます。

 最後までやれるだけやって、それでも落とされたら私は納得できます。

 勝負の世界に情けはいらないと思っています。もしも今年出れなかったら、その悔しさをバネに来年は必ず出場してみせます」と。


 この娘は強い。


 最後に一花と話をした。

 三名しか出場できない事を聞いた一花は驚いていた。

「ん〜。厳しいな〜」

 そう言いながら、考え込んだ。


「あたしはいっかな」と言った。


「一年生はまだあんまり走れないから、紅葉と華と道穂の三人で一緒に走れたらいいかも。あたしはインターハイで彩音に勝ちたいっていう気持ちはあるけど、全日本を皆で応援してもらったし、台湾KOMっていうもっと大きな目標もある。だから、インターハイは応援に回ってもいっかなって思います」


 やっぱりだ。一花はそんな風に言うんじゃないかと美里は思っていた。

 一花は心優しくて、まだまだ競技者という感じじゃない。はっきり言うと競技者としての自覚がない。

 一花の考えも良い考えだと思う。

 高校生の大会で、勝つ事を第一の目標にする必要もないと思う。


「でもね、一花」

 美里は皆の意見と道穂が言った事を伝えた。


「競技の世界は酷だね」

 一花の暗い口調で、その場に少し重い空気が流れた。


「ねぇ先生、あたしね。2年前に記事になってたフルールの言葉がようやく今、鮮明になった気がするの。

『自分がメンバーに選ばれた時、落とされる人の事を思ってフルールは覚悟を決めた』っていう記事。

 あたしはこの記事を何度も読んだから暗唱できる。

『自分が選ばれた選手ならば、その舞台を思い切り楽しもうと思いました。だって選ばれたのに楽しまなかったら、選ばれなかった人にも失礼でしょ。

 それと、私を選んで良かったって皆に納得してもらえるように走ろうって思ったら私は頑張れる。

 私は観られている、私は観てもらってるって思うと頑張れる』

 これを読んだ時も、何となく理解できたけど、今はすっごくよく分かる。

 だからあたしは全力でインターハイに向かう。皆の意見を聞いて先生がメンバーを決めて、あたしが選ばれたら、あたしも覚悟を決めてレースに臨もうと思います」


 成長している。この娘は日々すごい勢いで。


 ☆


 その後チームミーティングを開き、インターハイの目標、そこに向けてのトレーニング計画などをしっかりと皆で共有した。

 現時点での出場候補のメンバーと変更の可能性もある事、最終決定の日も伝えた。

 美里と一花は十月末の台湾KOMという目標がある事。しかしインターハイが終わるまではインターハイに全力を注ぐ事を皆の前で約束した。

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