美里と康介との話
康介に美味しいイタリアンのコースをご馳走になって、家に戻ってきた美里はご機嫌だった。
どうして良いか分からなくて、色んな事を投げ出したくなっていた気持ちはどこかに吹っ飛び、「頑張ろう!」ってどこからか力が湧いてくる心地良さがある。
☆
深い所まで話すつもりはなく、私は軽い気持ちで話し出した。
康介さんは聞き上手で、自分の意見もはっきりと言ってくれた。私の気持ちをすごく理解してくれていて、しかも大人の意見って感じなのにすごくポジティブな気持ちにさせてくれる。
私は自分の全てを
自分がオンディーヌチームを首になったいきさつや、フルールと一花に対する思い、フルールにメールをもらった事、台湾KOMに挑戦したい事、フルールと一緒に再びオンディーヌで本場のレースを走りたいという気持ちがある事、教師としてやるべき事が出来ていない事、自分がどうするべきか分からなくなっている事。
私が一番やりたい事をフルールに奪われてしまったように、今度は一花に奪われてしまう恐怖心を持ってしまっている事まで話してしまった。
「教師としてやらなければならない事とKOMに向かう為にやらなければならない事を両立できない」と言った私に、康介さんはこう言った。
「なんでそんな風に決めつけるの?」と。
「だって、全日本に向かう時に出来なかったから」って言ったら
「それなら今度は出来るようにやればいいんじゃない?」って言われた。
「今回の失敗をいかせば? 俺も協力するから」って。
ただそんな風に言うだけじゃなくて、具体的にどうすべきだと思うか康介さんの意見を言ってくれた。
「本気でやりたいならやってみたら?」
「だけど、今、必要な事をちゃんと考えないと。インターハイって何だろう? 高校生の頃、美里にとってインターハイは何だったか思い返してみて。中途半端にしていいものなのかな?」と言った。
私が高校生の頃の事なんて何も知らないくせに何よ、と思った。
「美里は生徒達と一緒にそこに全力で向かわなくていいの?」
「俺はまずインターハイに全力で向かう事が大切なんじゃないかって思う。KOMに挑戦するなら、その事を頭に置いてその為に出来る事をやりつつ、ここからの1か月半はインターハイに集中する。
そこからの2か月は教師として最低限の事はやりつつKOMに集中する。
そんな風には出来ないのかな?
どっちかしかやらないとか、どっちも中途半端になるとかじゃなくて、メリハリをつけて出来ないものかな?
3か月はしっかりやりたいって気持ちは分かるよ。でも今、美里はプロじゃない。2か月でやるんだよ。もし美里に再びプロになる力があるなら2か月で出来ると思うし、力がないなら3か月かけても出来ないと思うよ」
「一花だけど。インターハイでしっかり結果を残せるように、美里が導いてあげなきゃダメだと思う。その後はさ。正々堂々と戦えばいいんじゃないかな。一緒にベストを尽くしていって、あ、一緒にじゃなくてお互いにでも構わないと思う。
後はKOMで全力を出すだけだ。
オンディーヌに加入できる、できない、どちらかが選ばれるにしてもそれを決めるのは美里でも一花でもない。
そこは美里達がどうこう出来る事じゃない。どうこう出来ない事を考えたって仕方ないんじゃないかな。出来るのは全力を尽くす事だけでしょ」
「一花にはフルールからのメールの事もちゃんと話した方がいいと思う。一花は美里の事を信じてる。嘘の無い関係があったからこそ一花はここまで来る事が出来たんじゃないかな? 信じられるものがあるって事がどれだけ大切な事か。美里に不信感を持ってしまったら一花はどうなっちゃうと思う?
もしも、インターハイを終えてから、一花をライバルとしてしか見る事が出来なくなったら、それもちゃんと伝えるべきだと思うんだ。
一花だってもう子供じゃないんだから美里に頼らずに自分で考えてKOMに向かう事も大切かもしれない」
それから、こんな事も言ってた。
「お金の事はあまり考えたくないんだけど」
「桜蕾学園に自転車部が出来てから、この店の売り上げが上がったんだ。彼女達には華がある。チャラい感じとかも受けてて、ロードに乗りたいっていう女子がすごく増えてるんだ。
それと、ネットでの俺のフォロワーが凄く増えてさ。レースで俺が撮った写真がすごく評判いいんだ。特にあの全日本の一花のゴールシーン。あれは俺も最高傑作だって思ってるんだけどさ。
だから、スポンサーとか大それた事は出来ないけど、俺の店のステッカーをウェアに付けてもらってさ。その代わりに交通費とか自転車に掛かる費用とかをサポートするっていうのもいいかな? とか思ってるんだけど。
一花がKOMに出場する事が金銭的に難しいなら、これまでのお礼として補ってあげたいんだ。出世払いってのでもいいと思うけど。
とにかく、金が無いから行けないっていうのだけは勘弁してほしいな」
☆
康介さんは私が高校生の時から私のレースを見てくれていたらしい。
「気持ちがそのまま真っ直ぐにレースに表れているような、美里の走りが昔から好きだった」って。
そんな風にずっと見ていてくれた人がいるなんて本当に嬉しくなった。
「俺も協力する」って何度も言ってくれた。
「康介さんに迷惑をかけたくない」って言ったら
「俺は協力したいんだよ」って言ってくれた。
「何でだかわかる?」って言われた。少し考え込んだ私を見て、康介さんは真剣な顔でこう言った。
「俺、美里の事が好きだから」
「え?」
言葉が見つからなかった。
康介さんが笑った。
「返事なんか今はいらないよ。今日は俺の気持ちを伝えたかっただけだから。ご飯、付き合ってくれてありがとう」
私は何て言ったらいいか分からなかった。
布団に入って、さっきの事を思い返しながら、何度も何度も寝返りを打った。今日は何だかなかなか寝付けそうにない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます