フルールからのメール
日曜日にエリート男子のレースを観戦してから皆で帰路に着いた。
月曜日、身体のあちこちが痛く、それ以上に精神的に学校に行く気になれなかった美里は「ちょっと風邪をひいてしまったようで、2〜3日休ませて下さい」と学校に連絡を入れた。
私は一体何をしたいんだろう?
京子にコテンパンにやられて、力の差を思い知らされた。
やれるだけの事はやった。
これでモヤモヤしていた物もスッキリしてスッパリと自分自身のレース活動を終わりにする事が出来る。
教師という仕事に専念出来る。
そんな気持ちになるはずだった。
ところが。
そんな単純なものではなかったのだ。
全日本まで私は教師としてどうだった?
「全日本までは許して」と、マネージャーの結奈に仕事を色々押し付けた。
新入部員も入ってきたのに、しっかりと見てあげる事もせずに上級生に指導を任せていた。
「全日本が終わったら、私も切り替えてインターハイに向けてしっかり取り組むから」と何度言った事だろう。
部員達はちゃんと見てもらえない不満があっただろうに、我慢していたと思うし、全日本には皆で応援にも来てくれた。一花と自分を讃えてくれた。
英語の授業も教師としての予習復習を怠っていたし、特に面白くもない教科書通りの普通の授業をこなしていたように思う。
「全日本が終わったら」
やらなければならない事を後回しにしてきた。そうした物に対して、前向きに取り組もうとする意欲が出てこない。
疲れている?
レースで出し切り、疲れている事は確かだけれど、そういう問題じゃない事は分かっている。
「先生、風邪ひいちゃったの? 大丈夫ですか? 先生、すごく頑張ったから、しばらくちゃんと休んで早くちゃんと治してね。無理したらダメだよ」
一花ったら、なんていい子。
「ごめんね。本当は風邪なんてひいてないんだけど、学校に行く気になれなくて。嘘ついてサボっちゃった。三日くらいしたら行けると思うから。これ内緒にしておいてね」
送信するとすぐにまた送り返してきた。
「あたしが移っちゃったのかな? あたしはそんな先生が好き。気分転換して、あたしみたいに髪をピンクに染めたらどう?」
それを見た美里は思わず、プッと吹き出した。
「一花は先生を首にしたいの? ありがとね♡」
ニタニタ笑ったピエロのスタンプが送られてきた。
暗い闇に落ちそうになった時、いつもおどけたピエロが現れて私を救ってくれる。一花は優しいピエロのようね。
さすがに髪をピンクに染める事は出来なかったけれど、家で塞ぎ込んでいないで、景色のいい場所までサイクリングに出掛けた。
風を切って走っていると、気持ちが明るくなっていく。自分の思いがだんだんとクリアーになっていく。いつだってそうだ。なぜだか分からないけれど、気持ちよく風を切っていると気持ちが前向きになっていく。
私、何やってるんだろう。明日は学校に行こう。
教師として、まずは一日だけでいいから頑張ってみよう。
そう思った。
家に戻って明日学校でやるべき事を考えてまとめた。
一日一日を積み重ねる。授業も部活も
自分に鞭を打ちながら精一杯やっている時にマネージャーの結奈に言われた。
「先生、インターハイまであと1か月ちょっとしかありません。今年から女子も団体総合があるんですよね。1校3人までしか出場できないはずです。個々が目指すものとか、チームとして目指すものとか、はっきりさせておかないと上手くいかないと思います。誰が出場できるのか、みんな不安だらけで練習してると思います。
近いうちにミーティングをした方がいいと思います」
その通りだと思う。分かっている。やらなければならない事が山ほどある。
「そうね。ありがとう」
今言える事はそれだけしかない。
その夜、思いもかけていなかった一通のメールが届いた。
【お久しぶりです。フルールです。突然ごめんなさい。チームマネージャーを通してミサトのメールアドレスを教えてもらいました。
お元気ですか? ですよね。先日、たまたま全日本の記事を見たの。2位、おめでとう! キョウコのコメントを見て嬉しくなりました。ミサトが先生をしながら頑張ってレースを走ってる事がすごく嬉しいです。
ミサトはもうワールドチームで走る気持ちは無いの? 実は今年、エースのニナを初めオンディーヌの選手がこぞって新チームに移籍してしまったの。チームは選手を補強しようとしているから、もしも美里にその気があるならチャンスがあるのかもって思って。
ごめんなさい。これは私が勝手に思っているだけでチームはどう考えているかは分からない。
今年のツールは今のメンバーで戦う事になるので厳しいとは思うけど、やれるだけやってみるつもり。
で、10月に台湾で毎年行われている100キロのヒルクライムレースに私は招待されていて、監督とコーチも同行してくれる事になっているの。
おそらくそこで、いい選手がいたら声を掛けようとしていると思うんだ。
美里がそこで良い走りを見せたとしたら可能性はあると思うの。
あ、私がそう思ってるだけね。
ミサトはもうワールドで走ろうとか思ってないかもしれないし、余計なお世話だよね。
でも、そんな事関係なく、もし台湾のレースに興味があったらファンライドでも走ってみようと思わない?
私はミサトに会いたいし、少しでも一緒に走れたら嬉しいな。】
ドキドキした。読みながら心臓の鼓動がどんどん大きくなっていくのを美里は感じていた。
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