全日本ロード ジュニア女子レース①
スタート前、少し雨足は弱まったが雨は降り続いている。予報では午前中は降り続く模様。
そんな雨のなか、32名の選手がスタートを切った。
優勝候補ナンバーワンは昨年のこの大会とインターハイを制した
昨年のインターハイで2位3位だった選手はU23に上がったのでこのレースには出ていないが、ジュニアのレベルは高くなっているようで、彩音は別格だとしてその次に来る10名程度がドングリの背比べ状態ではないかと見られている。その中には一花も入っている。
表彰台争いも見ものだけれど、それよりも彩音がどんな強さを見せてくれるのかに注目が集まっていた。
4周のレース。距離的には41.2キロと短いけれど、上りも下りも厳しい上にこの天候だ。
ハードなレースとなるだろう。
1周目は様子見的で、大きく誰かが仕掛ける事はなかった。
それでも古賀志の上りでは彩音を初め、力のある選手が前を引くとそれなりにペースは上がり、力の無い者は振り落とされていく。
下りは一花が先頭に出た。1周目は路面の状態や滑りやすそうな所を確認しながらゆっくりと下った。
ところが、下り終えると一花と後続の間に10秒ほどの開きが出来ていた。
あれ? 私の後ろにいた選手がミスでもしたのかな? ま、このまま一人で逃げても力を使うだけだから、ゆっくり走って集団に戻ろう。
そして10名の集団で2周目に入った。
美里はスタートを見送った後、毎周回ゴール前の緩い上り坂で声を掛ける事にしていた。
本当は古賀志林道まで行きたかったけれど、明日のレースの事を考えると、長時間雨に濡れるのも歩き過ぎるのも得策ではない。
雨も凌げて極力移動しない選択をした。
チームの仲間達を各ポイントに配置させ、通過する毎にスマホを使って美里に情報を流すように伝えてある。
康介もあちこちに移動して写真を撮っている。
一花の耳には皆の応援がよく聞こえていたし、よく見えていた。
こんな雨の中、本当にありがとうって思う。
美里は遠くに集団が見え始めた時、まず一花を探した。雨で視界は悪くウェアの識別もし難いが、一花らしき選手が見えたので「一花〜!」と大声で叫んだ。
近くまでやってきた時に短く声を掛けた。
「いいよ。その調子で。自分のリズムを壊さないようにね」
一花はまだまだ余裕がありそうな表情をしていて、通り過ぎる時に美里に答えるように軽く左手を上げた。
2周目の古賀志林道。中腹で彩音がアタックに出た。
彼女ならここから単独で逃げ切ってしまう力がある。泳がせておいて数人で力を合わせて追う? でもそれが出来るかはどうかは分からない。とにかく彼女だけは行かせてはならないと、優勝を狙っている選手の誰もが思っているはずだ。
逃すまいと追う選手、それについていこうとする選手、一列になって集団のペースが上がる。
一花は自分の力をわきまえながら、少しずつ後ろに下がってギリギリのマイペースに切り替えた。
頂上まで彩音に付いていけた選手はいなかった。付いていこうとして急激にペースダウンを余儀なくされた選手達が落ちてくる。
一花は一人一人抜いて順位を上げてきた。
「一花〜! 頑張って! 頂上まであと少し!」
声援が一花を後押しする。
少し前に二人の選手が一緒に走っているのが見えている。
その前はもう見えない。
「一花さ〜ん!」
頂上で道穂が応援してくれている。
やっと上りきった。道穂が何かタイム差を言ってくれていたようだけど、よく聞こえなかった。まあ、いいや。
一花は「よし!」と気合いを入れ直す。「絶対に無茶はしない」と言い聞かす。
1周目よりは飛ばしていく。このスリルがたまらない。
すぐに二人に追いついた。何だか二人は止まっているように見える。やけに慎重に下ってるなと思う。
スピード差があるので、声を掛けて直線で簡単に追い越せた。
下り切る辺りで黄色いウェアを発見。
「え? 彩音? あたし今、2番なのかな?」
彩音は後方を確認しながら走っていた。一花が凄いスピードで迫ってくるのを見て、スピードを緩めた。
「貴方、下りが速いんだね。私と先頭交代しながら逃げる気はある? つきいちで走るつもりなら、私は集団を待とうと思うんだけど」
レース中に話しかけられたので一花はびっくりした。
「え? あたしは前に前に行きたい。せっかく前にいるのに待つなんてもったいないし。上りは付いていけないけど、それまでは頑張って先頭もひくよ」
一花の言葉に彩音が頷く。
「無理しないで自分のペースでいいから、短めに交代していくよ」
「うん」
二人は協調し始めた。
二人の姿を確認した美里は目を疑った。
彩音と一花? 頂上からの結奈の情報から、彩音が一人で来るか数人がまとまってくるかどちらかだと予想していた。
あの二人が先頭を走ってるなんて⁉︎
彩音は不調なのか。いや、後続は離れている。一花は下りで抜け出したのか? 想像力を働かせる。
事実は分からないけれど、一花が大健闘している事は確かだ。
「一花! すごいよ。カッコいい。無茶だけはするんじゃないよ!」
一花はまた左手を少し上げて通り過ぎた。
「美里さんが先生なんていいな」
小さな彩音の声が聞こえたが、一花は聞こえてないふりをした。心の中で思い切りニンマリした顔を彩音に向けてやった。
古賀志に入るとやはり二人のペースに差がある。
「あたしは自分のペースでいくから」
そう言って一花は彩音から離れた。後続とはだいぶ差が付いているはず。追いつかれないようにペースを落とさないように走る。
頂上には道穂と一緒に康介さんがいた。
「一花いいぞ! 前と20秒差。下りは無茶するなよ!」
無茶するな、そればっかりだ。かっ飛んでいきたい気持ちを抑える。
安全に、かつ速く!
さっきと同じ所で彩音の後ろ姿が見えた。さっきより少し背中が小さい。もう追いつけないかな? と思う。
彩音は振り向いて驚いた。独走状態を築けたと思っていたのに、こんなに近くに迫っているなんて‥‥‥
上りもいいペースで走れたし結構マジに下ってきたのに。
作戦変更だ。ここは一度休んで、最終周の古賀志は麓から全開で行こう。頂上で絶対的な差を築いてゴールまで踏もう。
彩音はスピードを緩めた。
「下りで待っててくれるなんて思ってなかった。上りに入るまでは一緒に行こう」
一花はそう言ったが、彩音は下りで待ってなんかいない。本当は独走に入るつもりでいたのだ。
「平坦は二人で行った方が私も休めるからね」
彩音はそう強がった。
さすがに一花は離れてしまっただろうなと思っていた美里の予想は大きく裏切られた。良い方に。
ここにきて、まだ一花は彩音と一緒に走っている。
声の掛け方に迷う。
「ラスト一周! 一花の走りを最後までね」
さすがに、一花の表情にあまり余裕は無さそうだ。それでも振り向いてニコッとした。
その目の色が変わっている。美里が求めていたものに!
ラスト周回を告げる鐘が鳴り響く。
あたしはあたしの走りをするだけ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます