全日本ロード ジュニア女子レースの朝

 6月28日(金)女子ジュニアは朝8時スタートだ。

 スタートの3時間前に朝食を摂りたいから、4時30分に起床する。


 ピピピピッと鳴り出した目覚ましに一花はドキッとする。


「ん? 今日は何の日だっけ?」

 まだ辺りは暗いのに目覚ましに起こされるなんて。

 一瞬そう思ったが、「そうだ!」とボヤけていた頭がはっきりとして、パッチリと目が覚めた。


 ボトボトと屋根を叩く雨音がする。

「あ〜、やっぱり雨か。予報通りだな」と思う。


「一花、おはよう〜」

 眠そうな美里の声。


「あ、おはようございます。ごめんなさい。起こしちゃって。先生は明日の為にまだ寝てて。なるべく音を立てないように準備して、朝ごはん食べに行くから」


「寝ていられるわけないでしょ。今日は大切な日。一花と一緒に動くからね。雨だね。貴方には有利よ。雨月一花うづきいちか

 雨はきっと生まれ持って結び付いているものなのね」


 一花は雨の中を走るのは嫌いじゃない。結構走ってしまえばテンションが上がる。大人になってからビショビショになって泥んこになってはしゃいでも怒られない。

 だけど、準備とか後片付けが晴れの日の何倍も面倒くさい。お気に入りのウェアが汚れてしまうのも悲しい。

 そして何よりも、今日は桜蕾学園の仲間達が皆で応援に来てくれるのに、ビショビショになっちゃう。康介さんが撮ってくれる写真も残念な物になりそうだと思う。


 まあ、一花は呑気なものだ。他の選手達はかなりナーバスになっているはずだ。

 あの下りは雨なら相当に神経を使う。雨の下りが苦手な選手は沢山てるてる坊主を作った事だろう。


 昨日会場入りした美里と一花は会場から少し離れた古民家民宿に泊まっている。

 今日から桜蕾学園の仲間達が応援に来てくれるから一花とは別の部屋になるけれど、昨夜は初めて二人は同じ部屋で寝た。

 今日からは自転車関係の人で満室になるらしいけれど、今日宿泊している他のお客さんに自転車関係の人はいない。


 朝食は二人分だけ特別に朝早く用意して下さった。ありがたい。

 二人が食堂に行くと、御櫃おひつと梅干しだけが置いてある。

 宿の女将さんが出てきた。


「おはようございます。さあ、どうぞどうぞ、今お汁をお持ちしますからね」

 にこにこと台所に入っていく。


「ねぇ先生、ご飯と梅干しとお汁だけなのかな?」

 一花がきょとんとしている。


「朝早いから、ご飯は用意しなくてもいいって私が言ったら、女将さんが早くても大丈夫よって言ってくれて。レースの朝ご飯はどんな物がいいかしらって聞くから、言ったの。おかずはいらないから、ご飯とお汁だけがいいって。

 でね、無理しないでほしいけど、もしも、もしも可能だったらってリクエストしてみた物があるの。ちょっと一花、御櫃の中を覗いてみて」


 一花は玉手箱でも開けるように、そっと御櫃の蓋を少しだけ開けて中を覗き込んだ。


「うわ〜っ」

 蓋を閉めて、美里に嬉しそうな顔を向ける。

「先生、すっごく美味しそうなお赤飯!」


「作ってくれたんだ〜!」と美里も満面の笑顔になる。


 そこに女将さんがお汁を持ってやってきた。

「本当にこれだけでいいんかい?」


 二人は大きく何回も頷いた。

「これだけいいんです。無理言っちゃってすみません。本当にありがとうございます」

 美里が頭を下げるのを見て一花も同じような姿勢をとって「ありがとうございます!」と言った。



「美味しい!」

 何度も二人でそう言いながら食べた。

「レースの朝に最適よ。私は日本のレースを走ってた時はいつも朝食はお赤飯にしてた。自分では作れないから、コンビニのお赤飯のおむすびか、パックご飯になっててレンジでチンするお赤飯ね。レースで気持ち悪くならないように、消化が良くてもたれなくて腹持ちが良くてエネルギーになりやすい。縁起もいいでしょ。一番のお気に入りだったの。

 海外ではパスタね。味付けはオリーブオイルと塩。たまにチーズとかハムを少し乗せるくらい。

 でも、やっぱりレースの朝はご飯を食べたかったな。特にお赤飯は夢に出てきた事もあったな〜」


「そういえば、トレーニング中にコンビニ寄った時も、先生はお赤飯のおむすびを食べる事が多いよね。あと、おはぎとか」


「エネルギーになりやすいのと好みの両方を合わせたら、やっぱりソレになっちゃうんだよね。一花もよく私と同じ物を手にしてるよね」


「先生が選ぶ物はいいような気がして。あたしはどっちかっていうと和菓子より洋菓子派だったけど、自転車始めてからは和菓子の方が好きになっちゃった。

 先生は明日がレースなのに今日このご飯でいいの?」


「今日も炭水化物中心に食べたいから。二日間お赤飯を食べてレースに向かえるなんて最高だよ!」


 一花は美里のやる事をよく見ていて、マネする事が多い。食事の中で食べる順番とかもそうだ。たまに疑問をぶつける事もあるけど、大抵はマネをしてみて、自分にも合っていると思う事は取り入れているようだ。

 美里は黙って、嬉しそうにそれを見ている事が多い。


 一花はこれからレースだとは思えない位にリラックスして、よく噛んで、よく食べている。緊張して朝食も喉を通らない選手だっているのに。

 彼女は大物なのか。それともレースに対する緊張感が足りないだけなのか?


「あ〜。もういくらでも食べたいけど、この位にしとかなきゃね。ご馳走様でした」

 一花はパチンと手を合わせた。

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