一花の話②

 頑張る事が怖くなった。

 頑張ると楽しめなくなるっていうのもあるけれど、自分の中で結果に対する言い訳を作れなくなるっていうのが怖かった。

 全然頑張らなかったなら100%の言い訳が、50%しか頑張らなかったなら50%の言い訳が出来るって感じかな。

「あたし、頑張らなかったからダメだったけど、頑張れば出来るんだよ」って思えた方がいい。

 頑張らなければ結果はダメで当然。結果が良かったら儲け物って思えた方が楽しい。

 100%頑張ったのに結果が悪かったら、自分はダメなんだって思うしかない。

 みんなにも、あんなに頑張ってもあいつはダメなんだ、カッコ悪い奴だって思われるに違いない。

 そんな風に思っちゃって、頑張る事が怖くなってしまったの。


 あんなに好きだったBMXを嫌いになって辞めちゃったのは残念だったけれど、もうあれ以来やろうとは思えなかった。

 地元の中学校に転校して、何の目標も持たずにその日その日を楽しんだ。お洒落して、お化粧して、気の合う子達とカフェでだべって、カッコいい男の子を見つけて仲良くなって、振られて別の子と付き合って‥‥‥。

 それはそれで楽しかったの。

 学校では、先生には目をつけられていたけど、上手くかわして卒業できた。


 多くの先生達には私の素行は見て見ぬふりをされてきたから、高校の入学式の日に美里先生が声を掛けてくれた時は、びっくりしたけど嬉しかった。

 そして先生が自転車の楽しさをまた思い出させてくれた。中学時代の上っ面の楽しさみたいなのとは全然違った。

 何か、「私、生きてるぞ!」みたいな気持ちになれた。

 でも、ずっと怖かったの。また同じ失敗をしちゃうんじゃないかって。先生にもきっと迷惑をかけてしまうことになるって。だからあたしは頑張らない事を貫き通していた。


 だけど‥‥‥。

 フルール、ツール・ファムのフルールの走りは衝撃的だった。

 あんなに痛い思いをして、辛いだろうに、悔しいだろうに、楽しそうに見えた。カッコよかった。

 それまでは頑張る事と楽しむ事はあたしの中では相反する事のように捉えてしまっていたけど、そうじゃないんだって思えた。

 ツールを走っている選手達、特にフルールは頑張る事を楽しんでいるように見えた。

 あたしもそんな風に出来たらいいのにって思った。


 ちょっと頑張ってみたい。

 そう思った。

 そう思ったのに、あたしの身体はそれを拒絶してきた。

 あたしの身体は頑張れない身体になっていた。頑張ろうって思っただけで頭痛がしたり、少し頑張ってみると吐き気がしたり過呼吸になったり。

 あたしの中で頑張る事は恐怖になってしまっているんだって思い知らされた。あたしはやっぱりフルールみたいにはなれない。

 そう思ったから、やっぱり一花は一花らしく、チャラい一花を貫いていくのが一番カッコいいって思い直したの。


 でもレース走ってさ。初めてのレースなのに、なぜかすごく良く見えて。流れにも乗れたし、勝負が決まる所とか行くべき所とかがちゃんと分かった。ちゃんと自分の力があって、ここに付いて行けたら楽しいだろうなって思いながら走ってた。

 黄色いウエアの優勝した子は一番強かった。チーム員は誰もいないのに自分でレースを作って、しっかりと勝っちゃう。カッコよかった。

 この子と勝負できたらどんなに楽しいだろうなって思った。

 だから、私、頑張りたい。


 それと、レースを走り終えてから道穂はずっと泣いてたでしょ? 練習でもしょっちゅう泣いてる。だからあたしは、道穂は泣くんじゃなくてもっと楽しめばいいのにってずっと思ってた。

 でも、道穂は強くなりたい、頑張らせてほしいって言ったでしょ。

 頑張って頑張って、結果が出なくても言い訳を求めるんじゃなくて、また頑張りたいなんて、道穂は強いなって思った。

 私もそういう強さがほしい。


 先生、あたし、頑張れるようになるかな?



 ねぇ先生、先生は一番好きな事、やりたかった事を満足して終える事が出来たの? 今、一番やりたい事は出来ているの?


 あたしが頑張れるようになるには、先生の力が必要だと思うんだ。だけど先生自身が何かを犠牲にして私達を見てくれているとしたら、あたしの願いは叶わないような気がするの。

 何となくそんな気がするだけなんだけど。

 なんか変な言い方だけど、先生とは同じ方向を向いて進んでいきたいなって。

 ごめんなさい。なんか変な事言っちゃったかな?

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