一花の話①
あたし、何回も言おうとしたんだけど言えなかった。こんな事、誰にも話したくないって気持ちと、先生には分かってほしいって気持ちがあったの。どこから話したらいいか分からないんだけど。
小学生の時にBMXやってたって言ったでしょ。
小学校に入学して、最初にBMXの練習を見た時に、女の子も髪を靡かせながら、凄いスピードで走ってバンバン跳んでて凄くカッコいいって思った。あたしもすぐにやりたくなった。
あたしは、大して練習もしないのに他の子よりも上手く速く走れて、すぐに虜になったの。
レースでもお洒落して楽しんで、それでも入賞とかしちゃって、カッコいい〜! なんてもてはやされて、楽しかったな。
卒業前の大きな大会で、あるコーチに声を掛けられた。
「一花はすごい素質を持ってるから、頑張ってやればオリンピックで金メダルも夢じゃないぞ。神奈川に来て俺の元で真剣にやってみないか?」って。
親元を離れて、コーチの元で下宿生活なんて考えられなかった。あたしはBMXを真剣にやるんじゃなくて、もっともっと楽しみたかったし。
だけど、オリンピックのビデオを見せられて、そこで金メダルを取ったフランスの選手が本当にカッコよかったの。一目惚れっていうか、あたしもあんな風になりたいって思っちゃったんだよね。
それで、あたしは卒業式の次の日に、親元を離れてコーチの家に行った。コーチのチームはBMX界では異例っていうか、虎の穴とか体育会みたいな感じですごく厳しいって事で有名だった。
それでも、あたしはこれに懸けてみたいって思ったの。オリンピックで金メダルを獲るっていう夢に向かって。
あたしの生活は180度変化した。
チャラチャラするなと言われて、髪も短く切って、お洒落をする事もなく、いつもジャージを着ていた。
コーチに言われるがままに、筋トレとか走り込みとか、やった事もなかった事に取り組んだ。
食事も管理されて、お菓子も食べなくなった。
もっと頭を使って考えて走れって言われた。
あたしはそれまで、感覚に任せて走っていた感じで、考えて走る事なんてなかった。
だから考えて走ると上手く走れなかった。頭に身体は付いていかない。ギクシャクして気持ちよく走れない。
筋トレで力は付いて、出せる速度は上がったかもしれないけれど、やっぱり以前のような快感はなくなっていった。
それでもあたしは夢に向かって頑張ろうと思った。全てをそこに注ぐ事で、レースの結果は少しずつ上がり始めた。
だけど、以前のようにレースは楽しいものではなくなった。
これだけやっているのだから勝って当たり前。負ければ自分を責めなければならなくなった。
「一花は変わった。あれだけBMXに懸けてるんだから、勝って当然だ」っていう声も聞こえた。自分自身が思っているならまだしも、他人からも勝つのが当たり前って見られるのは辛かった。
勝っても負けても楽しくない。頑張る事が義務のように感じてた。
あたしの中で楽しむと頑張るは相反するものになっていた。
以前、仲の良かった友達からも「一花ひとり、なんかいい子になっちゃってつまんない」とか「一花がチャラい仲間達の先頭に立ってたのに裏切られた気分」とか言われて、その子達が私から距離を置くようになってしまったのも悲しかった。
あ、でも紅葉だけはずっと変わらずに仲良くしてくれて、励ましてくれた。それが無かったら、もうこの時点で耐えられなかったと思う。
一年近く、気持ちもぎりぎりの所でやってきて、一番目指していた大会、全日本選手権が秋に行われたの。十三歳の女子の中で一番になれば海外に行ってワールドチャレンジに出場できる。同い年の子に一人ライバルがいたのだけど、実力をちゃんと発揮できれば勝てるはずだった。
それが、負けちゃったの。三回走ってその順位のポイント合計で争うんだけど、一回目は私が勝ってその子が二位。二回目は私がミスしちゃってその子に負けて。コーチに「考えろ」って言われて、わけわかんなくなっちゃって。三回目はその子だけじゃなくて他の子にも負けちゃった。私の中でそれがワーストレースだった。
もう悔しくて悔しくて、あたしは誰もいない所を探して泣きじゃくっていた。
二位の表彰台に上がるのが嫌で嫌で仕方なかった。何とか逃げ出したいって思ったんだけど、ちょっといい事を思いついちゃって。
あたしは、その時同じレースに出場していた紅葉にお化粧道具を借りて、彼女が持ってきていたチャラい飾り付けを身に付けて表彰台に上がったの。
そしていかにも「ちょっとミスしただけ。二位っていうのはあたしの実力じゃないから、ちっとも悔しくなんかない」っていう素振りをしてニコニコしてたんだ。
表彰式を見ていた観客の中から「いいぞ〜、やっと一花らしさが戻ったな」っていう声が聞こえたんだけど、同時にヒソヒソと話す声も聞こえてきた。「精一杯繕って、一花かわいそう」とか「負け惜しみはカッコ悪いな」とか「頑張ってやった事が無駄だったな」とか。
そしてコーチに、わざと笑顔を作って銀メダルを見せた時に言われたの。
「負けてチャラチャラして笑ってるようならやめちまえ」って。
あたしはそれまで堪えていたものがそこで一気に爆発した。
「やめます。頑張ってやる事は辛いだけ。ちっとも楽しくないBMXなんて、もう二度とやりたくない」
そう吐き捨てて、あたしは何もかもをコーチの家に置いたまま、実家に逃げ帰っちゃった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます