桜蕾学園の待機場で
ゴール後しばらくして、桜蕾学園は皆で待機場に集まっていた。
一花が八位入賞した事でとても盛り上がっている。
「一花、凄かった! おめでとう! 私は出来るだけ一花に付いて走るようにしてたから、結構流れに乗って上手く走れたと思う。一花ってめっちゃセンスあるよ。あの上りはどうしても付いていけなかった。もう足が動かなくて。すっごくキツかったけど、でも楽しかった〜!」
紅葉が一花の手をとって凄い凄いともてはやす。
華も笑って「凄いです。おめでとうございます」と言いながら、うんうんと頷く。美里も康介も、マネージャーの結奈も笑みが絶えない。
「いきなり入賞なんてスゲーな。走ってる姿もカッコよかったぜ。ファインダー越しに見てると、何故か一花に自然と焦点が合うんだ。いい写真撮れてると思うよ」
「みんな、完走できれば上出来って思ってたけど、まさかあんなに走れちゃうとはね。道穂だって落ち込む必要はないよ。初めてのレースでしっかり完走できたんだから。よく頑張ったよ」
美里が道穂に顔を向けて言ったが、道穂は体育座りをして顔を埋めたまま肩を震わせていた。
それを見ていた結奈が堪らずに少しきつめに言葉を発した。
「道穂、いい加減にしなよ。せっかく皆がいい雰囲気になっているのに、貴方一人がそれをぶち壊しているんだよ。自分は悔しくっても、一花さんを讃える気持ちも持てないの?」
嫌な空気が流れ込む。
「まあまあまあ」と康介がその空気をとどめようとする。
それまではしゃいでいた一花が真面目な顔になってゆっくりと言葉を発した。
「せっかく楽しい事をやってるのに、勿体ないよ。頑張って頑張って、ストイックにやって、悔しい思いをして泣いてばっかり。頑張らなければこんなに楽しいのに。道穂も頑張るのをやめてみれば?」
それを聞いた美里は、いつになく厳しい口調で言った。
「一花、自分の価値観を押し付けるのはよしなさい」
一花が美里の顔を睨む。
その時、道穂が埋めていた顔を一花に向けた。
「ごめんなさい。楽しい雰囲気を私ひとりのせいで壊してしまって」
泣きながら、絞り出すように、時々しゃくりあげながら、途切れ途切れに話す道穂。
「でも私は頑張りたい。
私は頑張る事が好きなんです。
楽しいっていうのとはちょっと違うと思うし、悔しくって泣いてばっかりいるけど、自転車が好きだし強くなりたいんです。
だから勿体ないなんて思えません。
これからも頑張ってやらせて下さい」
道穂の言葉を聞いて一花の顔が変わったと美里は感じていた。
「道穂は強いね」
一花がぼそっと言葉を投げ捨てた。
その頬に涙が伝っているのを美里は見逃さなかった。
美里は一花の心の核心に触れたような気がした。
今を逃したくなかった。
「さぁ、またミーティングでゆっくり話し合いましょう。みんな汗だくだし、軽くクールダウンしてさっさと着替えましょう。この後、男子のレースがあって、その後にまとめて表彰式があります。
康介さん、皆が着替え終わったら、集合して買い出ししてきた物を食べながらレース観戦しててもらえますか? 私はちょっと一花と話したい事があるから、後から合流させて下さい」
美里の言葉に、康介は「任せといて。慌てなくていいから」と快く引き受けた。
「じゃ、また後でな。みんな〜、軽く回したら、さっさと着替えて三十分後に建物の出入口に集合な。結奈は俺と一緒に来てくれ」
美里と一花を残して皆はその場を離れていった。
「一花。少し話をしたいんだ。先にクールダウンする? 着替えてからにする?」
美里の言葉に、一花は首を振った。
「今なら話せそうな気もするけど、クールダウンとか着替えたりしちゃったら、きっと話せなくなると思うから今がいいです」
一花の言葉を聞いて、美里は慎重に対応する。
「私が感じた事を先に話した方が話しやすい? それとも一花の方から、私に話したい事があったら話してくれる?」
「上手く話せないかもしれないけど、ずっと話したいって思ってた事を今、話したいです」
一花はいつになく神妙な面持ちをしている。
「分かった。いいよ。上手になんて話さなくていいから。ゆっくりでいいから話してみて」
二人が座って話している桜蕾学園の待機場は、そこだけがどこか異空間のように見える。
もうすぐ男子のレースが始まろうとしている会場は緊張感と熱気に包まれている。
そこから隔離された神聖な場所であるかのように、ふっと涼しげな風が通り抜け、一花の腕を濡らしていた汗がキラリと光った。
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