初めてのインターハイ
ウエアはぎりぎり間に合った。
レース前日に宿に届くなんて、本当にぎりぎり。一同、胸を撫で下ろした。
レース当日、各々がアップを終え、チームの待機場に集まっている。
パッと目を惹くウエアだ。
濃紺がベースになっていて、キリッと締まった印象を与えつつ、濃いピンクがとても映える。パッと開いた大きめの桜、その周りに沢山の蕾が散りばめられている。
美里が以前所属していたアクア・オンディーヌ、あのフルールが着ていたウエアと少しデザインが似ている。アクアは濃紺基調に水色の雫がモチーフになっているのに対し、桜蕾JKは水色の雫の部分が桜の蕾になっている。
一花は憧れのウエアを参考に、似た感じにしたかった。
更にカッコよさを出す為に、首周り、袖周り、胸と背中、パンツの裾も同じピンクのストライプがシャープに入っている。
胸と背中には白抜きで桜蕾学園の文字。その下のおどけたような字体のJKが可愛らしい。
四人の選手だけでなく、美里も結奈も、応援にやってきたショップの康介も上はウエアを着ていて、これだけ揃うと何だか強いチームのように見える。
「おっ! 何だかカッコいいな。一枚写真撮らせてくれよ」
「いい感じだ。フリでいいから、円陣組んでくれないかな」
康介はレースの写真を撮るのが趣味で、その腕前も中々のものだ。
康介の要求に応えて、彼女達はノリノリだ。
会場はスタートオイルの匂いで緊張感が高まり、レース前のピリピリとした雰囲気が漂っているのに、そこだけ場違いな感じがする。
これから始まるレースに集中したい道穂だけが浮かない顔をしている。
それでも、フリのつもりの円陣を組むと、仲間意識が高まり、皆でやってやるぞという雰囲気になった。
スタートは9:05。
男子の五分後に女子がスタートする。
この時間でも八月の太陽はすでにギラギラと容赦なく燃え盛り、何もしなくても汗が滲み出てくる。
今年は青森県での開催。一周約十キロのコースを女子は五周する。険しい坂は無いけれど、アップダウンが繰り返され、力の無い者は次々と脱落していく事になるだろう。
スタート一分前のアナウンスが流れる。それまでザワザワしていた会場が静寂に包まれる。
片方の脚をビンディングペダルにに装着し、片足を地面についてスタートの合図を待つ五十名弱の選手達。
色とりどりのウェアーに身を包んだ選手達の集団はとても華やかだ。
「パン!」
乾いたピストルの号砲と共に、止まっていた空気が流れ出す。
ペダルをはめる音、車輪が回る音。動き出した集団はひとつの大きな生命体のようで迫力がある。
さあ、これからだ。
一花は初めてのレースにも関わらず、全く臆する事なく集団の前方で走り出した。
まずは美里先生がスタート前に言っていた三人の選手を冷静にチェックする。
黄色いウエアを着た長身の選手、ゼッケン201は、高校生の中では断トツに力があって昨年の世界ジュニアで入賞している同じ学年の子だと言っていた。同じ高校の女子選手はいないので、黄色いウエアは彼女一人だ。長身だし何かオーラがあるので、探さなくてもすぐに分かった。
ゼッケン202、203は赤いウエアの三年生だ。チームは四人体制。強化選手にもなっている力のあるこの二人が有利な展開になるように、赤いチームはレースを作っていくんじゃないかと言っていた。
いずれにしても、この三人に付いていけるような力はまだ全然無いから、三人の動きは無視して、それ以外の集団の流れに乗っていくようにという美里の指示だった。
なるほど、レースのペースはゼッケン201と、赤いチームのエース以外の二人の選手が中心になって作っているように見える。
201はチームメートもいないのに自らペースを作っていって勝負するなんて凄いなと一花は思っていた。
要所要所でペースを上げたり、様子見のようなアタックをして、力の無い者を集団から切り落としていく。
一花は自らの足を使う事なく、集団の流れに乗って、集団からは離れないように上手く走っていた。
周りが良く見えていて、そんな風に走れている事に快感を感じていた。
レースが後半に入って、コース中の一番きつい上り坂で201、202、203を含む五人の選手が抜け出す。
一花は「
そこに付いて行こうとする選手、そこから離れまいとする選手がスピードをあげ、集団が一列になって、所々間隔が開いている。
一花は無意識にスピードを合わせて、前方にとどまりその坂を越えた。
第一集団五人、一花を含む第二集団四人、少し離れて十数人のメイン集団が追いかける形となる。
紅葉と華はメイン集団に残っていたが、道穂はそこからも遅れてしまっていた。
ラスト一周の鐘が鳴る。
先頭は三名。例の三名だ。
その三名から遅れた二名と一花達の集団とメイン集団がひとまとまりとなって、二十名程のメイン集団が一分後に通り過ぎる。
前の三名は三名での勝負、プロトンは前を追う意志は無いようで、その中での争いといった形相だ。
最初にゴールに現れたのは黄色いウエアひとりだった。両手を高々と挙げて、いかにも慣れた儀式という感じでのゴールは高校生らしい初々しいものではなかった。
赤いウエアの二人が交互にアタックをして、ゼッケン201の足を削ろうとしたが、彼女は冷静に対応し、あの一番キツい坂で渾身のアタックを決めて、独走に持ち込んだ。
離された赤いウエアの二人は先頭交代をしながら前を追ったが、その距離は縮まるどころか逆に少しずつ広がっていった。
それだけゼッケン201の力は際立っていた。
赤いウエアの二人がゴールしてから一分半後に五人のゴール勝負が繰り広げられた。
その一番後ろでゴールしたのが一花だった。
ゴール前に皆が突然もがき出し、それまでと打って変わったスピードに一花は驚きながらもスピードを合わせ、集団から離れる事はなかった。
一花は全体の八位で、入賞は八位までだから、初めてのレース、しかもインターハイで表彰を受ける事となった。
ゴールした一花を美里が迎える。
「一花。凄い! 八位入賞だよ。
初めからこんなに走れるなんて‥‥‥」
一花はたいして息も切らさず、満面の笑顔を美里に向けた。
「先生、めっちゃ楽しかった。ありがとう。みんなもうすぐゴールするかな?」
しばらくして十名のメイングループが現れ、紅葉と華はその最後尾でゴール。
それから十分程たって、道穂が一人で最後の力を振り絞ってゴールした。道穂は完走者の中の最終ゴール者だった。
最後尾に付けて走っていた車がやってくるとゴールはサッサと閉鎖された。
一花の後にゴールした三人は、一花とは対照的にゴール後は疲れ果てていた。
特に道穂はゴール後に座り込んで悔し涙を流し続けた。
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