インターハイに向けて
その翌日が雨だった事もあり、美里は部員を集めてミーティングを行った。
「八月にインターハイがあるんだけど、みんなの力なら出場できると思います。今は個々の目標もバラバラだし、チーム一丸となって何かを目指す事は出来ないと思うんだけど、まずはそこに出場する事を目標にしたらどうかな? って考えました。同じウエアを着てレースを走って、そこで各々が何を思うか。その思いをお互いに感じ取って、話し合って、そこからどうしたいか、そこをスタートラインに出来たら良いなって思ってるんだけど、皆はどう思いますか?」
皆への質問に対して、他の人の顔色など気にせずに、自分の意見を言ってくるのはいつもマネージャーの結奈だ。
「そういうきっかけが必要だと思います。このままバラバラの心で、ただ一緒に走っていてもあまり意味が無いと思います」
一花と紅葉が顔を合わせ、一花が目配せをすると紅葉がしゃべり出した。
「意味が無いとか言わないでほしいけど、インターハイはみんなで走れたら嬉しいな。走ってみないと、その中でどれ位走れるのかも分からないけど、何か感じる事はあると思うし。何よりも、レースを走るっていうのは楽しそう」
次は道穂だ。
「私は三年間のうちにインターハイで優勝する事を目標にしています。今年どれ位走れるのか分からないけど、勿論出場したいし、そこで良い成績を残せるように頑張ります」
下を向いている華に一花が声を掛ける。
「華はどう思う?」
いつものように小さな声で華が言う。
「出たいです」
それを聞いて一花が話す。
「あたしははっきり言って、そこに向けて頑張りたいとかってのはないんだけど、レースをみんなで楽しみたいなって思う。揃いのウエアを着てカッコよく走りたい。桜蕾学園のカッコいいウエアを作るのがすごく楽しみ!」
それを聞いたマネージャーの結奈が言う。
「ウエア、カッコいいの作りましょう。任せて下さい。私がちゃんと調べて、手配して、デザインして、やりますから」
一花が怪訝な顔をする。美里はそれを見逃さず、ここぞとばかりに結奈に向かって言った。
「結奈、貴方はとてもしっかりとした考えを持って、それをいつもはっきりと言うけれど、他の人がどう思っているのかをもう少し考えなさい。自分はそれが良いと思っている事でも、他の人はそう思ってないかもしれない。ウエアを作るのはマネージャーの仕事って誰が決めたの? 他にやりたい人がいるかもしれないし、どういうデザインにしたいとか、各々思っている事があるはずよ」
唇を噛んで、上目遣いで美里の話を聞いていた一花に美里がアイコンタクトを送る。
一花は思い切って気持ちを話す事にした。
「部が出来る前から、美里先生と2人で走ってる時から、自分がデザインした桜蕾学園のウエアで走る事が1つの夢だったの。だから、あたし、デザインしたいし、ウエアの事はやらせてほしい。
勿論、みんなの意見も聞きながらね。カッコいいウエアを作るから、やらせてくれないかな? インターハイに出場する為には色んな手続きとかやらなきゃいけない事が色々あるだろうから、先生と一緒に結奈には色々任せたい。でも、そういうのも全部結奈がやるって事じゃなくて良いと思うんだ」
美里は昨年から一花がそんな事を考えていたなんて、少し胸が熱くなった。部を作る事にも色々と葛藤があって、彼女なりに悩んでいたんだろうと思った。
紅葉が言う。
「一花は昔からオシャレのセンスが抜群だし、ちゃんとみんなの意見も取り入れてくれると思うから、私は一花が中心になってやってほしいな」
皆が頷く。結奈はちょっと罰が悪そうな表情になった。
「すみません。気がつかなくて。
一花さんの方が私なんかよりセンスありそうですね。色々言ってもらえた方が学びも得られるので、私が間違っていると思ったらこれからも言って下さい」
悪気はないし、結奈はやっぱりいつでも優等生の気配を漂わせている。
こうして一花を中心に桜蕾学園のウエアを制作していく事となった。
ウエアを作成していく事は意外にも部員達を団結させた。一花が作った原案に皆が興味を持った。
走る事以外に関心が無いのかと思っていた道穂も「素敵です」「速く走れそう」と目を輝かせた。
あまり自分の意見を言わない華に至っては、「ここは丸の大きさを統一した方がスッキリすると思います」などとセンスの良い意見を出してきたりもした。
走りとは直接関係がない事でも、ひとつのものを皆で作っていくという事が、チームを良い方向に向かわせるきっかけともなる。
インターハイに向けてまずまずの感触を美里は持ち始める事が出来た。
美里が桜蕾学園をインターハイに出場させる為に必要な事を、色々調べて揃えるに至って、結奈は大きな助っ人となった。
とにかく結奈は頭が良く、テキパキと調べ、行動する力がある。
ややもすると彼女のペースにはめられそうになるので、その度に先生として持っていなければならない物だけは失わないようにと、美里は肝に銘じていた。
肝心の走りの方は、相変わらず気持ちがバラバラな感じで、まとまりがあるとは言えなかったが、まずは各々が目標を持ち、各々が好きなように走り、きちんとゴールする。
そしてそこから何かを感じて、そこから桜蕾学園JK自転車部が新たなスタートを切る。
その事を目標にインターハイに臨む事となった。
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