練習初日

 高校生がまとまってロードトレーニングを行う事は簡単な事ではない。

 公道というのは一般の車が沢山走っていて交通事故の危険を伴う。

 プロチームのように力が揃っていればまとまって走れても、力の差があるとバラバラになって指導者の目も行き届き難くなる。

 そこで、高校生は競輪場のようなバンクトレーニングを中心とした活動を中心としている学校が多い。


 桜蕾学園は小さな市街地にあるけれど、場所を選べば交通量も少なく、山あり谷ありの地形で練習環境には恵まれている方だ。


 美里は安全に走れそうなコースをいくつか設定し、とりあえずアップダウンと平地を交えた一周三キロの周回コースと、二キロの上り坂をメインコースとする事にした。

 短い距離の周回コースなら、最初は全員で緩いペースで一緒に走り、後半ペースを上げてバラバラになっても見守りやすい。

 短い距離の上り坂は、リピート練習が出来るし、それぞれの持つ力量に合わせて時差スタートさせてゴールを競らせる事も出来る。

 そしてどちらもマネージャーの結奈は定点に居ながら何回も選手を見る事が出来る。


 皆を集めて初めて走る日、マネージャーの結奈も周回コースまでは一緒に自走していった。ロードレーサーではないけれど、結奈はクロスバイクというロードに近いスポーツバイクに乗っていたので問題はなかった。

 一花の幼馴染の紅葉はロードを持っていなかったけれど、娘から自転車部に入る事を聞いた両親は喜んで高級なロードレーサーを買い与えた。勿論、美里がよく訪れる康介のショップで購入したものだ。


 美里が先導し、周回路に入って少しした所で一旦止まって全員を集めた。

 簡単に注意事項を話し、ロードに乗るのがほぼほぼ初めての紅葉に合わせるペースで美里が先導して一周する事を告げる。

 結奈にはコースを少しだけ逆走させ、周回コースの最後の上り坂の頂上で見ているように告げた。そこは上ってくる選手が長い時間よく見える。


 美里はこの三キロを走る中で、時々一人一人の横に並んで走ったり後ろに下がったりして、四人の選手の走り方や癖などを見ていった。

 なるほど、意外な面も色々と見えた。


 周回コースの最後の上りを終えて、結奈がいる所まで来た時美里が声を掛けた。

「この少し先でUターンして戻ってくるから、このままここにいて」


 そして選手達にはこう言った。

「さあ、クールダウン。ギアを一番軽いのに入れて。力を抜いてゆっくりクルクルと回して身体を整えながら少し走るよ。スタート地点で折り返してここに戻ってくるからね」


 結奈の所に戻ると、自転車から降りて皆が集まった。

「一言ずつ感想を言ってみて。一花から」


「こうやって女子だけで五人も一緒に走れて、おーって嬉しかった。紅葉も初めてなのに、さすがだなって思ったよ」


 美里が相槌を打つ。

「そうだね。紅葉は初めてって思えない位走れてる。紅葉はどう思った?」


「疲れた〜。上りとか足付きたい位だったけど、何とか上れて嬉しかった。小さい頃、一花と一緒にBMXに乗ってた時すごく楽しくて、あの頃みたいにまた走れるなんてすごく嬉しい」

 紅葉は息を弾ませながら、とても晴れやかな顔をしている。


 美里は華に顔を向けた。

「華はどうだった?」


「楽しかったです」

 特に楽しそうな様子もなく、表情も変えずに小さな声でそう言った。


 美里が道穂に顔を向けると道穂は不服そうな顔を向けた。

「私は早くキツい練習がしたいです。みんなで一緒にチンタラ走ってても強くなれないし楽しくないです」


 楽しそうな雰囲気が一気に崩れそうな気がして美里は笑って道穂をなだめた。

「まあまあ、焦らなくても大丈夫。道穂にはこれから嫌っていう程キツい事をやってもらおうかな。結奈は見てて感じた事とかある?」


 結奈ははっきりと思った事を言う。

「同じペースで同じように走っていても、一人一人走り方も気持ちも、みんなバラバラって感じがしました。一つのチームって感じはしませんでした。最初はこんな物なのかなって思いました」


 美里はまた、やられたと思った。

 しっかりと見て、しっかりと自分の見方が出来る。だけど、この娘は自分の物の見方にすごく自信を持っていて、それをはっきりと言ってしまう。もしかしたら、ちょっと扱い難い娘なのかもしれないという思いを持った。


 初日の練習を良い雰囲気で終えたい。そう思った美里はこの後、皆で一緒に走るよりも一人一周ずつ順番にマンツーマンで走る事にした。


「まずは華、十分後に道穂、二十分後に紅葉、三十分後に一花ね。自分の番意外は休んでいても良いし、平地区間を適当に走っていても良いから」


 美里は各々の選手に走りたいように走らせ、少しアドバイスを与えたり、指示を出したりして、その一周で各々が満足感を得られるように努めながら走った。


 なるほど。

 思っていた以上に悩ましい自転車部になりそうだけれど、それだけやりがいもありそうだと美里は思った。

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