フルールの記事

 ツールファム後、一花の乗り方が変わった。

「ねぇ先生、フルールのフォームに似てる?」

「ねぇ先生、フルールのダンシングってこんな感じだよね?」


 ビデオを何回も観て研究しているのだろう。

 まるでぽっちゃりと太ってしまったフルールが走っているようだ。こんな風に真似できる一花はやっぱり天性のものを持っていると思う。

 一花がとてもイキイキしているのは嬉しいけれど、これほどまでにフルールに惹かれている一花を見て、美里は少しイラッとする事もある。


 これまで、世界の女子自転車レースの事が日本で報道される事はあまり無かったけれど、このツールファムの事はレース終了後もかなり報道された。


 ツールが終了してからも、活躍した選手達がメディアで取り上げられる事が多い。

 自転車専門誌ではなくて、メジャーなスポーツ総合雑誌が特集を組んだ。


 昨年まではこんな事、考えられなかったな。

 雑誌の発売を楽しみにしていた美里は早速購入して表紙を眺めていた。


 パリの凱旋門をバックにシャンゼリゼ通りを駆け抜けるプロトンが雑誌の表紙を飾っている。


『二物を授かった乙女達』

 表紙には大きくタイトルが書かれている。

 向こうで走っている時、美里はずっと思っていたけれど、海外には可愛く美しい選手が本当に多い。

「天は二物を与えず」なんて嘘だとずっと思っていた。

 お洒落な選手が多く、しかも外見だけでなく、とても女性らしい。

 スポ根で育ってきた美里には理解し難い所が沢山あった。


 しっかりと読みたいと思ったけれど、まずはページをペラペラとめくっていく。


 スター選手達がクローズアップされたものが中心となっているようだ。

 ウェアーを着て走っている写真と、普段着の素顔の写真が並べられていて、実はこんなに可愛く美しい選手なんだよ、みたいな事が強調されている感じだ。


 ページをめくっていた美里の指がピタリと止まった。

「あっ」


 美里の脳裏に焼き付いて離れないあの顔がそこにある。

「フルール」

 美里は手の平をそっとその顔に当てた。可愛いよ。

 手脚を包帯だらけにしながら、笑顔で手を振っている最後の山頂ゴールの写真が載っている。

 本当によく頑張ったね。


「私が大切にしている事」という見出しでフルールの言葉が書いてある。


【父親が自転車好きだったので、その影響で私も自転車に乗る事が大好きになったけれど、レースの事は二年前まで全然知りませんでした。

 二年前に「チーム・アクア・オンディーヌ」に入れてもらえて、私は浮かれていたけれど、そこで厳しい現実を知る事になります。

 私がレースのメンバーに選ばれると、メンバーから落とされる人がいます。チームに加入する人がいるという事は退かなければならない人がいます。

 そんな当たり前のような事をちゃんと知って、私は覚悟を決めました。


 自分が選ばれた選手ならば、その舞台を思い切り楽しもうと思いました。だって選ばれたのに楽しまなかったら、選ばれなかった人にも失礼でしょ。

 それと、私を選んで良かったって皆に納得してもらえるように走ろうって思ったら私は頑張れる。

 私は観られている、私は観てもらってるって思うと頑張れる。


 その気持ちはこれからもずっと持ち続けていきたいと思います。


 あと、一年目は女性の自転車レースの魅力って事を考えた事はなかったのだけど、強い選手達の行動を見ながら、女性選手に求められているものも学んでいます。

 ちょっと苦手って思ったけれど、髪も伸ばしてみて、少しだけお化粧したりして。

 でもそれも今は楽しめるようになってます。


 ツールでは初日に三回も転んじゃって、身体も痛くて自分の持っているパフォーマンスを発揮できなかった事は悔しいけれど、日々全力で、今できる事を精一杯やっていって、きちんとゴールできた事には満足しています。

 もっと上手くなって、トレーニングも頑張って、来年はチームにちゃんと貢献できる選手になりたいです。】



「フルール!」

 美里の目から涙が溢れた。

 大切な雑誌に水滴が溢れないように、慌てて顔を覆った。

 美里は昨年のジロのメンバー発表があった時の事を思い出していた。

 私達はあの時、目を合わせていた。あの時の妖麗な目。

 あの時読み取れなかった彼女の心の内。

 その後のフルールの成長と活躍。


 美里は雑誌を閉じて、ギュッと胸に抱え込んだ。



 一方、雑誌の発売を楽しみにしていた一花も、発売日に早速購入して熟読していた。

 フルールの記事は何度も読んだ。

「フルール‥‥‥。先生‥‥‥」



 それ以来、一花は美里の前でフルールの名前を出す事はなくなった。

 一花はあの記事を読んだに違いないと美里は思ったけれど、その事については何も触れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る